今年も国内ノーギアパワーリフティングの頂点を決める大会であるジャパンクラシックパワーリフティング選手権大会(千葉県市原市ゼットエー武道場、2月27日(土)~2月28日(日)開催)が近づいて参りました、このコラムが掲載される頃にはエントリーも出て参加者の皆さんも盛り上がっている頃ではないかと思います。
年々盛んになるノーギアパワーリフティングですが、今年は特に開催地が関東である事や、他競技の大物選手の参戦などで、過去最高の盛り上がりになるのではないかと予想されます、私も男子一般93kg級で参加する予定ですので、当日会場で皆さんとお会いできるのをとても楽しみにしています。
また、パワーリフティングの試合会場は無料で入場ができ、どなたでも自由に観戦できますので、選手以外の方でもトレーニングに興味のある方は是非気軽に見物に来てみて下さい!
(詳しい試合会場や日程についてはJPA HPにあるこちらの試合要項にて確認できます。)
国内でも海外でも熱気を帯びるノーギアパワーリフティング人気ですが、その本格的な歴史は2012年6月に開催されたIPF初のノーギア世界大会である第一回世界クラシックパワーリフティング選手権から始まったもので、まだ3年半程度と短いものです。
今回のコラムでは、前半ではこの3年半でノーギアパワーリフティング情勢がどのように変化したのかを、そして後半では、パワーリフティングのノーギア化とともに世界最強の座を取り戻しつつあるアメリカのパワーリフティング界を全米ノーギア選手権の結果と共に紹介させて頂こうと思います。
少しマニアックな内容になりますので皆様に楽しんでいただけるか不安もありますが、興味のある方は是非ご一読してみて下さい。
【ノーギアパワー情勢の変化】
元々2011年まで、パワーリフティングの主要団体であるIPFで開催される国際大会はフルギアのみであり、ノーギアの国際大会は存在しませんでした。
国内では2001年よりノーギアの全日本大会であるジャパンオープンパワーリフティング選手権大会が開催されており、アメリカでも2010年にはノーギアの全米大会が開催されていましたが、パワーリフティングの主流はあくまでも国際大会のあるフルギアであって、ノーギアは日陰の存在でしかありませんでした。
しかし、2012年の世界クラシックパワー開催を機に状況は大きく変わり、それからの僅か3年半でノーギア部門は急速に普及し、今ではフルギアとノーギアはパワーリフティングの両輪と言えるまでの存在になっています。
【この3年半でノーギアパワーはどう変わったか?】
※大会参加者の急激な増加
ノーギア部門の急速な普及は国際大会の参加者数に表れており、世界クラシックパワーリフティング選手権の参加選手数は2012年の168人(一般部門のみ開催)から2015年は753人(ジュニア・マスターズを含む全カテゴリーで開催)まで増加。
又、ノーギアの国際大会自体も数が増えており、2015年はパワーリフティング国際大会全体での参加選手数も、ノーギアが約1600人、フルギアが約1200人と、ノーギアがフルギアを大きく上回りました。
アメリカのパワーリフティング専門サイトpowerliftingwatch.comが昨年1月に1000人以上のパワーリフターを対象に行った「あなたはノーギアとフルギア、どちらのタイプのリフターか」というアンケート調査では、ノーギアが76%、フルギアは24%という結果が出ており、特に北米やオセアニア地域ではノーギア部門の普及が顕著で、これらの地域では競技人口でもレベルでも既にノーギアが主流となっている印象です。
※年々上がる国際大会のレベル
参加者の増加に伴い、ノーギア世界大会のレベルも年々上昇しています。
2012年にスウェーデンで開催された、第一回世界クラシックパワーリフティング選手権大会一般各階級優勝者のウィルクス・スコア(フォーミュラ)は、平均で男子511女子469でした、それが2015年の同大会では男子526女子514まで上昇しており、特に男子スーパーヘビー級などは出場者数でも上位選手の層の厚さでもフルギア世界大会を大きく上回るものとなっています。
※SBDエリートに代表される、新しいスター選手達の登場
世界クラシックパワーリフティング選手権開催前は、「ノーギアの世界大会が始まっても結局一番強いのはフルギアのチャンピオンだろう」という意見もありましたが、実際フタを開けてみると実は必ずしもそうでは無く、ノーギアであればフルギアの世界チャンピオンより強いノーギアに特化した選手が世界中にいる事がわかりました。
その代表と言えるのがSBDエリート達で、レイ・ウィリアムズ選手、キンバリー・ウォルフォード選手、ブレット・ギブス選手、モハメッド・ボアフィア選手といった選手達は、フルギアで目立った実績はありませんでしたが、ノーギアでは最強のチャンピオンとして君臨しています。
彼らは新しいスターとして、フルギアチャンピオン以上の人気と知名度を獲得しつつあります。
※ノーギアベンチプレス世界大会開催
世界クラシックパワーの盛況を受けてか、以前より噂のあったノーギアベンチプレスの世界大会も遂に今年からの開催がIPFより発表されました。
世界クラシックベンチの開催は、2012年の世界クラシックパワー開催と同様、パワーリフティングの歴史の一つの転換点となり、今後ベンチプレス競技の主流が一気にノーギアへ傾く可能性も高いのではないでしょうか。
このようにパワーリフティングの情勢はノーギア世界大会開始以降の数年で急激に変化しています。
次に、ノーギアパワーリフティングの波とともに再び台頭したパワーリフティング母国アメリカについてご紹介したいと思います。
【20年に渡るロシア最強時代の終焉?パワーリフティング母国アメリカの復活】
元々パワーリフティングはボディビルを起源としてアメリカで始まったスポーツであり、その歴史の初期(1970年代~1990年代前半)はアメリカ人パワーリフター達が圧倒的な強さで世界大会を席捲していました、
しかしその後徐々に旧ソ連圏の国々が台頭し、1990年代後半にはパワーリフティング最強国の座はロシアやウクライナへと移行、アメリカは北欧や東欧の国々にも追いつかれ2000年代に入って以降は第一グループ(ロシア、ウクライナ)に続く第二グループ(カザフスタン、フィンランド、ポーランド、スウェーデン等)の一員といった位置にまで落ちていました。
しかし、そのアメリカがノーギア世界大会開催を機にノーギア部門で次々と有望な選手を輩出し、急速に勢力を盛り返しており、昨年6月に開催された世界クラシックパワーリフティング選手権では遂に男女ともアメリカ代表チームがロシアを破り一般部門団体優勝を果たしました。
【2015年、全米ノーギア選手権】
そんなアメリカの躍進を象徴する大会となったのが、2015年11月に開催された全米ノーギア選手権(2015 USAPL Raw National Powerlifting Championships)です。
この大会は出場者数なんと約1000人、これはパワーリフティング大会として世界最大規模であり、IPFで最大の国際大会である世界クラシックパワーリフティング選手権大会をも上回っています。
そして、その全米ノーギア選手権を制したのが下の選手達、各階級優勝選手のトータル記録とウィルクス・スコア(フォーミュラ)を載せています。
男子
59kg級 フラスクイロ選手 トータル543kg フォーミュラ481
66kg級 マクホーニー選手 トータル647.5kg フォーミュラ521
74kg級 アトウッド選手 トータル695kg フォーミュラ502
83kg級 ハーク選手 トータル787.5kg フォーミュラ527
93kg級 ノートン選手 トータル800kg フォーミュラ505
105kg級 バークス選手 トータル837.5kg フォーミュラ502
120kg級 コーネリアス選手 トータル947.5kg フォーミュラ546
120+kg級ウィリアムズ選手 トータル1005kg フォーミュラ544
女子
47kg級 ロスマン選手 トータル335kg フォーミュラ451
52kg級 インダ選手 トータル388kg フォーミュラ488
57kg級 ホワイト選手 トータル413.5kg フォーミュラ485
63kg級 トンプソン選手 トータル472.5kg フォーミュラ514
72kg級 ウォルフォード選手トータル527.5kg フォーミュラ530
84kg級 ウェッブ選手 トータル497.5kg フォーミュラ447
84kg超級 ラフ選手 トータル652.5kg フォーミュラ512
(出典 USAPLホームページ )
このように、優勝者達の記録は驚異的な水準に達しており、同じく昨年12月に開催されたロシアクラシックパワーリフティング選手権の優勝者達の記録と比較しても大半の階級で上回っています。
【アメリカ復活の要因は?】
ノーギアパワーリフティングで活躍するアメリカ人選手には、特徴の一つとして、他スポーツからの転向組が多いというのがあります。
今回全米ノーギア選手権を制した選手でも、男子120kg超級のレイ・ウィリアムズ選手はアメリカンフットボール出身、男子93kg級のレイン・ノートン選手はボディビル出身、女子72kg級のキンバリー・ウォルフォード選手は陸上競技、女子52kg級のマリサ・インダ選手はフィットネスモデルの出身だったようです。
こういった他スポーツからの転向組選手は、ジュニアからパワーリフティングをやっていた選手と比べるとギアを効かせるテクニックやフォームの修得に苦労する事が多く、以前はギアの存在が活躍の妨げになっていました。
しかしノーギアであれば、地力の強い選手は即トップレベルで活躍できる為、元々世界一のスポーツ大国であるアメリカにはパワーリフティング適性の高いアスリートが沢山いて、ノーギア部門の普及でそういった人材がパワーリフティングに流れてきているのではないかと考えられます。
《男子120kg超級レイ・ウィリアムズ選手》
アメリカンフットボールから転向して僅か一年半で世界チャンピオンになったアメリカを代表する怪物リフター、全米ノーギア選手権ではスクワットが不調だったものの、デッドリフトのベストを大幅に更新する362.5kgを成功させ、トータルで自己ベストを更新しています。
全米ノーギア選手権結果
スクワット410kg
ベンチプレス232.5kg
デッドリフト362.5kg
トータル1005kg
《男子93kg級、レイン・ノートン選手》
元々著名なボディビルダーだった“バイオレイン”ことレイン・ノートン選手、長身ながらスクワットを得意としておりノーギアスクワットの世界記録保持者でもあります。
全米ノーギア選手権結果
スクワット300kg
ベンチプレス177.5kg
デッドリフト322.5kg
トータル800kg
《女子52kg級、マリサ・インダ選手》
フィットネスモデルらしく非常にセクシーなインダ選手、全米ノーギア選手権では同階級のIPF殿堂入り選手Suzanne“Sioux-z”Hartwig-Garyを破って優勝しています。
全米ノーギア選手権結果
スクワット135kg
ベンチプレス85kg
デッドリフト168kg
トータル388kg
更にもう一つの要因が、他団体からの移籍選手の存在です、アメリカにはIPFの下部団体であるUSAPL以外にも多くのパワーリフティング団体が存在し、ドーピング検査の有無やギアのレギュレーション等の違いで選手も住み分けている感じなのですが、近年他団体のノーギア部門で抜群の成績を残した選手がUSAPLへ移籍するケースが増えています。
それらの選手の中でも特に注目されているのが、男子83kg級のジョン・ハーク選手と男子120kg級のデニス・コーネリアス選手、二人は元々ドーピング検査有りの他団体で大会に出場しており、パワーリフティング専門サイトで公開されている団体の垣根を超えたランキングでも最上位に位置する選手でした。
その二人がIPFのノーギア部門の盛り上がりを受けてか昨年よりUSAPLに参戦、前評判通りの圧倒的な強さを見せて超ハイレベルな全米ノーギア選手権を勝ち上がり見事アメリカ代表の権利を獲得しました。
この2選手は同階級ディフェンディングチャンピオンでSBDエリートでもあるブレット・ギブス選手(男子83kg級)やボアフィア・モハメッド選手(男子120kg級)にとっても、今年の世界選手権で最強のライバルになると目されており、世界中のパワーリフティングファンに注目されています。
《男子83kg級、ジョン・ハーク選手》
なんとまだジュニアのハーク選手、ギブス選手と同じように三種全てが強くバランスの取れた選手です。
全米ノーギア選手権結果
スクワット272.5kg
ベンチプレス195kg
デッドリフト320kg
トータル787.5kg
《男子120kg級、デニス・コーネリアス選手》
トータルでノーギア世界記録を上回り、約1000人が参加した全米ノーギア選手権のベストリフターも獲得したコーネリアス選手、この選手も全種目非常に強く全く隙がありません。
全米ノーギア選手権結果
スクワット360kg
ベンチプレス245kg
デッドリフト342.5kg
トータル947.5kg
試合動画(instagram)
このように、アメリカ台頭の背景にはノーギアパワーリフティングの盛り上がりがきっかけとなって出現した新しい選手達の存在があります。
これらの若く強力で個性的なノーギアパワーリフターの面々を擁すアメリカ代表チームは、ほぼ全階級で世界の表彰台を狙える選手を揃えており、今年6月にアメリカでの開催が決まっている世界クラシックパワーリフティング選手権でも男女共に団体戦優勝候補筆頭と言っていいでしよう。
今後ノーギアパワーリフティングがアメリカを中心に回っていくのは間違いありませんが、フルギアでは変わらない強さを見せているロシアやウクライナがいずれノーギアでも巻き返すのか、それともノーギアはこのままアメリカの天下になるのか、今後のパワーリフティング情勢に注目していきたいです。
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■コラム執筆者
神野亮司
愛知県 MBC POWER所属 ( http://mbcpower.web.fc2.com/ )
ベスト記録(ノーギア)
・93kg級
スクワット240kg
ベンチプレス165kg
デッドリフト262.5kg
トータル660kg
・83kg級
スクワット212.5kg
ベンチプレス157.5kg
デッドリフト255kg
トータル612.5kg
実績
ジャパンクラシックパワー(旧ジャパンオープンパワー)出場9回、最高2位
2012年アジアクラシックパワー男子一般83kg級2位
2014年世界クラシックパワー男子一般83kg級11位