【保護具の着用についてアスリート指導の視点から】
読者の皆様、いつも御覧頂き有難う御座います。
春のポカポカ陽気の中、来る夏に向けてボディメイクトレーニングに熱の入る頃かと思います。
多くのスポーツでもこの春シーズンは主に身体作りの時期だと思います。
しかし中には昨シーズンの怪我や慢性的な痛みがオフ中に回復しきらないまま、このトレーニング期を迎えてしまった方も少なくないのではないでしょうか?
いくら身体作りの為とは言え、無理をして怪我や痛みを増幅させてしまっては元も子もありません。
春は身体作りの時期でもありますが、同時に競技動作でも基本に立ち返りベーシックスキルや動きの再構築を行う時期でもあります。
基礎的なドリルを反復する事も多いでしょう。
特に技術性の高い競技やポジションの選手は競技動作自体の感覚が狂ってしまったり、基本練習に影響が出てしまう事は避けるべきでしょう。
来るシーズンに備えてウエイトトレーニングでもある程度の重量でボリュームのあるトレーニングを行う必要がある。
しかし怪我が再び悪化したり、競技動作に支障をきたすような関節への負担は出来るだけ減らしたい。
そんな場合は我々パワーリフターが使用している、保護具を利用する事も一つの手段かも知れません。
今回お話しする「保護具」とはウエイトトレーニングで腰背部や各関節を保護するための道具。
つまり、ベルト・リストラップ・ニースリーブ・エルボースリーブなど指します。
詳しくはSBD Apparelの商品紹介ページを御覧下さい。
【パワーリフティング競技で使用される保護具の解説】
パワーリフターが使用する保護具と言っても、実は上記のものの他にも幾つかの道具があります。
それはパワーリフティングという競技には2種類のカテゴリーが存在するからです。
パワーリフターではない読者の方に、簡単に説明させて頂くと。
パワーリフティング競技の中には「フルギア」と呼ばれる部門と「ノーギア」と呼ばれる部門があります。
同じパワーリフティングでありながら異質な競技性を持っています。
陸上で例えるならば、走り高跳びと棒高跳びぐらい違います。
或いは体操競技とトランポリン競技ぐらい違うかも知れません。
ベースとなる筋力の向上と合わせて、道具を如何に上手く使いこなすかを競う「フルギア」競技は、「ノーギア」では使用が認められていないベンチシャツと呼ばれるベンチプレスの挙上重量を伸ばすために形作られた硬い生地のシャツを着て試技を行い、スクワットやデッドリフトでも普通のシングレットの代わりにそれぞれの種目で姿勢を保持する能力や股関節屈曲位から高い反発力を生じさせ、挙上をサポートするような、硬い生地で出来たスーツを着用します。
更にスクワットでは、自力で膝を曲げる事が出来ないほどに硬く両膝にバンテ-ジをグルグル巻きにして膝関節屈曲位でも高い反発を得て立ち上がります。
つまり「フルギア」で使用されている保護具は、元々は傷害を予防するための道具であったと思いますが、現在ではエスカレートして記録を伸ばす事に重点が置かれ、既に保護具の域を超えてしまっていると考えられます。
したがって、これらの道具を保護具として他競技のアスリートが使用する事のメリットはほぼ無いと考えられます。
これに対して基本的に自力のみを競うのが「ノーギア」です。
ノーギア競技で許されているのはリストラップとベルト、そしてニースリーブです。
私が他競技アスリートに対して利用するメリットがあると考えるのはこちらの事です。
ではこの3つはパワーリフティングの競技パフォーマンス、つまり記録を全く向上させないのでしょうか?
答えはNOです。
では何故競技での使用が許されるのか?商業的な意味合いを除けば、やはり最低限の傷害予防。
つまり保護具の範囲として認められているのではないかと考えます。
勿論パワーリフティングに限らず、あらゆるスポーツではレベルの違いは有れど、怪我をする危険性があります。
それを完全に無くす事は難しいでしょう。
しかし時代と共にルールが変更され、少しでもリスクを減らす努力がされています。
私がノーギアパワーを始めた頃は、ニースリーブは禁止でした。
しかしニースリーブを許可した事で競技の参加人数も増加し、世界大会も行われるようになりました。
それだけスクワットで膝を故障してしまう人、又は他のスポーツで膝を怪我した人がスクワットで再受傷する事を恐れパワーリフティングに転身、又は参加しなかったというケースも多かったのではないかと考えられます。
「ノーギア」でニースリーブが許可された頃、かなりの反対意見も存在しました。
「あんなモンはギアと一緒や!」という意見です。
しかし純粋に自力だけの競争を本当に主張するのであれば、当然リストラップもベルトも。
もっと言えば踵の高いシューズもマウスピースも禁止にしろという意見が無ければ不自然だと私は思います。
裸足にゆるめの吊りパンだけで行うのが本当に公平な力比べと言えるでしょう。
しかしそうするべきだという人はあまり居ませんでした。
要するに腰が痛くて膝が大丈夫な人はベルトで腹圧を高めてボトムをクリアする事は許せるがニースリーブで僅かな反発を得てボトムをクリアする事は許せない。
手首が丈夫な人はリストラップの事を「あんなもん必要ない」と言い。
腰が丈夫な人は「ノーベルトでやったほうが良い」と言う。
つまりみんな自分の事しか考えていない。
それだけだと思います。
私は、格闘技やコンタクト球技に最低限の安全性を確保するためのルールが設けられているのと同じように傷害を予防するために最低限必要な保護具が許可されているのだと理解しています。
勿論、障害予防が目的であっても、僅かであっても、記録を向上させる可能性のあるものには公平性を期するために製品を限定する事は当然必要で、協会が公認した道具を決められた範囲で使用する事は言うまでもありません。
【アスリートの保護具使用に対する反対意見】
また他競技のコーチの方やアスリート自身の持論としても同じような事を主張する人もいます。
例えば「ラグビーはベルトを巻いて行う競技ではないので、ノーベルトでスクワットした方が良い」
このような意見です。
これは半分正解、半分間違いだと思います。
正解の部分から言えば、確かにトレーニングはその競技の特異性に応じたものであるべきです。
例えばラグビーのプロップの選手がスクワットを行う場合、当然スクラムを意識して動作を行う場合があるでしょう。
その際、太いベルトを巻いて試合をする事は出来ないので、試合と同じスタイルでトレーニングするべきだという考えは正しいと思います。
バーベルのような反撃しない重りとは違い、スクラムでは反撃してくる敵と押し合いながら横と後ろの味方ともバランスをとらなければなりません。
つまり不安定な状況下で姿勢を保持する能力が重要で、ベルトに支えられている状態では自力で腹圧を高める感覚が再現しにくくなる事から、本当にスクラムに似た状況でトレーニングしている事にはならないのかも知れません。
しかし一方で、そもそもバーベルスクワットを何のために行っているのか。
それは脚筋力を強くするために行っているわけで脚筋力を強くするためには高重量でスクワットをすることが必要です。
しかし高重量のスクワットを安全に行うためにはベルトを着用した方が良い。
だからベルトを着ける。
これもまた正しい理屈です。
この例でいくと、全く同じスクワットですが「スクラムをイメージする為」か「脚筋力を強化する為」か、考え方が違うだけでベルトを着用すべきか否か、正解も変わります。
しかしどちらもゴールは同じです。
脚筋力を鍛える事でスクラムは強くなります。
またベルトで支えられているとは言え、高重量を支えてスクワットする事で体幹部の支持力も向上しスクラムに役立つからです。
つまりこれはどちらが正しいとか言う問題ではなく、同じゴールに向けて使い分ければ良いだけの話なのに、何故か皆どちらが正解かを結論付けようとしてしまいます。
これ自体が一番の間違いです。
【保護具を使用する際の懸念】
保護具を使用する事で一番心配されるのは、保護されている周辺の筋肉が鍛えられていないのではないかと言う事だと思います。
ベルトであれば所謂「体幹が鍛えられていない」という事にも繋がりますし、ニースリーブでは「大腿四頭筋が鍛えられていない」と心配されます。
これも半分正解で半分間違いと言えます。
間違いから言うと保護具を過信し過ぎです。
むしろ「膝や腰を怪我するんじゃないか」という心配を少しでも取り除いてトレーニングする事の効果の方が高いでしょう。
実際の反発力や保護力による重量アップはベルトでも+10kg、ニースリーブだと+5kg程度でしょう。
しかし「怪我を気にせず思いっきり出来る」という安心感は更にトレーニング強度を高めてくれるでしょう。
次に正解ですが、確かに保護具を着用すると保護されている関節周辺の筋への負荷は下がります。
同じ重量のトレーニングで、ベルトを着ける時と着けない時とを比較すると、明らかに下背や腹部への負荷は変わり、翌日の筋肉痛もベルトをした方が軽いものになるでしょう。
ニースリーブを使用してスクワットした場合だと、フルスクワットを行っても大腿四頭筋の特に膝関節に近い部分は筋肉痛があまり来ないという事もあります。
しかし、それはベルトやニースリーブを着けているのに、着けない時よりも重量を増やさなかった場合で、保護具を使って怪我のリスクを避け、安心して高重量を扱った場合は同じように鍛えられます。
また、保護具の着用が当たり前になってしまうと、ウォーミングアップのような重量から保護具を完全に着用してトレーニングするようになってしまう方がおられます。
例えばスクワットのメインセットが180kgなのに、20kgバーでのウォーミングアップからベルトとニースリーブを着用している等。
これは避けるべきでしょう。
上記の例でいけば180kgでメインを行う場合はウォーミングアップとして行う20kg-60kg-100kg-140kgぐらいまではベルトもニースリーブも必要無いでしょう。
むしろ140kg以下で腰や膝が痛くて正常なフォームでスクワットが出来ないのであればトレーニングを中止し、他の方法で脚を鍛えるべきでしょう。
更に、保護具を活用する種目は高重量を使用する多関節種目に限定するべきでしょう。
稀にボディビルダー等でトライセップスエクステンションやマシンでのレッグエクステンションでエルボースリーブやニースリーブを着用している人もいますが、これはある意味ボディビルディングの競技特性によるものです。
ボディビルディングでは筋を肥大させるウエイトトレーニングそのものが最も重要な競技練習ですから、痛かろうが何だろうがウエイトトレーニングよりも優先する競技練習がありません。
多少痛みがあっても試合(コンテスト)でポージングが出来れば問題ありません。
また、他の競技では見られないような四肢末端部の筋肥大が求められるため他競技よりも単関節種目で高重量を扱ったり高頻度で高回数のトレーニングを行う場合があります。
このように以前にも書いたかも知れませんがボディビルダーのトレーニングは基礎レベルでは他競技のトレーニングに通ずる部分が多いのですが、トップレベルでは真逆の発想になる場合がありますので注意が必要です。
【まとめ】
他競技のアスリートであってもベルトやニースリーブ等の保護具を使う事で、安全にトレーニング強度を増す事が出来るので、関節に心配のある方は試してみる価値はあります。
特にトレーニングレベルが一定のレベルに達して頭打ちになっている選手や、ベテラン選手は保護具を使用する事でプラトーを打破して、フィジカルのレベルを向上出来る可能性があります。
しかし、保護具に完全に頼ってトレーニングする事の無いように注意が必要です。
ウォーミングアップや御自分のMAXから計算して80%以下の重量でコントロールされたスピードで行う場合は通常は必要無いと思います。
保護具を利用した高重量トレーニングと自分の力だけで重量を扱うトレーニング、どちらが正しいのではなく、安全に競技レベルを向上させるために使い分ける事が重要だと理解しましょう。
保護具を選手に利用させる場合は、あくまで傷害予防の為の道具として考えるべきで記録向上の為の道具という考えを他競技アスリートの指導に持ち込んでしまっては本来の競技に生かせないトレーニングになってしまう可能性があります。
指導者は保護具の使用自体を否定するのではなく、その有用性を理解したうえで、道具に頼って自力を伸ばそうとしない選手がいた場合は、そのセコイ考えを正すように教育していきましょう。
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■コラム執筆者
佐名木宗貴
ベスト記録(ノーギア)
スクワット 241kg
ベンチプレス 160kg
デッドリフト 260kg
戦跡
パワーリフティング
・全日本教職員パワーリフティング選手権 90kg級 優勝
・2009~2012年 近畿パワーリフティング選手権 4連覇 75・82.5・83・90kg級4階級制覇
・ジャパンクラッシックパワーリフティング選手権大会 83kg級 準優勝
・アジアクラッシックパワーリフティング選手権大会 83kg級 優勝
・東海パワーリフティング選手権大会 93kg級 優勝
ボディビルディング
2000~2001年 関東学生ボディビル選手権 2連覇
2000年 全日本学生ボディビル選手権 3位
2011年 日本体重別ボディビル選手権70kg級 3位
2011年 関西体重別ボディビル選手権70kg級 優勝