【怪我をした選手の復帰プロセスにS&Cコーチとしてどう関わるべきか】
読者の皆様、いつもご覧頂き有難う御座います。
このコラムが掲載される頃には既に遅過ぎる話題かも知れませんが…
4年に一度のオリンピック・パラリンピック、皆様も寝不足になるぐらい楽しめたでしょうか?
私は昼夜逆転生活からようやく生活のリズムが元に戻ったところです。
28競技306種目に206の国と地域から11000人以上が参加した非常に規模の大きな大会で、現地の政治不安や治安の問題、テロが起きるのではないか等々。
開催前から多くの不安要素を抱えてはいたものの、何とか無事に終わって東京へとバトンを渡す事になりました。
リオデジャネイロ大会に携わった全ての方々に感謝すると共に、我々日本のスポーツに関わる全ての人は一人一人が責任を持ち、それぞれの活動が例え僅かでも、0.000001%でも、東京オリンピックを成功へと導く力となるよう日々努力していかねばならないと思いました。
さて今回の話題はそんなトップアスリート達の怪我からの復帰に関するお話です。
オリンピックでメダルを獲得した選手も、そうでない選手も、やはり第一線で活躍する中でトレーニングも試合も限界まで追い込む事が必要で、十分なケアを行っていても、大小様々な怪我が起こるものです。
特に格闘技やコンタクトを伴う球技等の場合、競技の特性上避けられない怪我も中にはあります。
勿論怪我の程度や受傷した部位によって復帰までの期間やそのためのプロセスも異なります。
当然選手やコーチ・監督は一日でも早くプレーに復帰したいと願うものですが、時期を見誤ると再受傷し悪化して、さらに長期離脱させる事となってしまったり、最悪の場合は選手生命を奪ってしまう事にもなりかねません。
選手を復帰させるかどうかの判断は、多くの場合は直接指導にあたる現場の責任者、つまり監督やヘッドコーチといった立場の人が最終判断を下します。
しかし、その判断を下すために必要な情報はドクター・アスレチックトレーナー・S&Cコーチ・スキルコーチ等様々な専門的な知見を集めて行われるべきです。
様々な角度から意見を出し合い、時には本気で喧嘩をしながら選手にとって、或いはチームにとって最良の選択を下します。
勿論チームとしてのポリシーは必要で、例えばストレングスのスコアが怪我をする前の〇〇%まで戻ってなければ復帰させない、或いは関節の腫れや痛みが引いていても可動域やバランスのテストに合格し、尚且つ体重・体脂肪が再受傷を起こさない適切な値に収まっていなければランニングは開始させない等々、各チームや現場スタッフの考え方により異なりますし、そこに正解は無く、時にはチームの状況によってフレキシブルに対応する事も必要です。
そんな難しくスリリングなアスリートの復帰までのプロセスについて今回は考えていこうと思います。
現在、スクールや中学、高校、大学などで医療体制やトレーニング設備が整っていない中でチーム運営を行っている現場コーチの方々、若しくは父兄の方々の参考になれば嬉しいです。
【ドクターの診断】
まず怪我が起きると、選手はチームドクターの診断を受けます。
まずこの時点で躓くチームも多いでしょう。「おいおいチームドクターなんて普通はおらんがな」
その通りです。
ですので私も行く先々のチームで、まずここから手を付けます。
中学や高校のクラブ活動ではチームドクターがいないのが当たり前でしょう。
大学でも極一部の強豪校や医療系学部を有する総合大学に限られているのが現状でしょう。
大会パンフレットに「チームドクター」と肩書が書いてあっても実は学校の近くの接骨院の先生がボランティアで来てくれている、という場合も多いでしょう。
私は日本の治療家でスポーツに関わろうと努力されている方々の多くは非常に高い施術レベルにあると考えています。
中には日本体育協会公認のアスレチックトレーナー等の資格も取得し、ドクター以上のスポーツ現場での経験を有し、専門知識や判断能力を持っている方もいると思います。
しかし、それでもなお怪我が起きたら速やかに医療機関を受診し必要な検査を行い、専門医の判断を仰ぐ事が必要だと考えます。
世の中には触診や徒手検査のみで外傷の程度が判断出来るトレーナーもいるでしょう。
ゴッドハンドと呼ばれる治療家先生もおられるでしょう。
しかし、その後の復帰までのプログラムに正確性を持たすためには怪我の内容や程度について、詳しい情報が必要です。
その情報は細か過ぎて困る事はありません。
MRI、CT、レントゲン、エコー、超音波…ets
何でも構いませんが、少しでも多くの情報が集められる医療機関を受診すべきです。
また一括りに「お医者さん」と言っても人それぞれ専門分野があります。
「料理人」でも中華料理が専門の人もいればフランス料理が専門の人もいますよね。
医師も同じで「整形外科医」と言っても膝が専門の人もいれば、肩が専門の人もいます。
勿論膝が専門のお医者さんでも肩を怪我した人を診察する事は出来るでしょう。
フランス料理が専門の人でも作ろうと思えば餃子を作る事は出来ますよね。
しかし専門家ではありません。
どんな世界でもそうですが全部の領域をカバー出来るほど甘くはありません。
また、同じ膝の怪我を専門とする整形外科医でも、普段は変形症などのお年寄りをメインで治療されている先生もいれば、年間数100件のアスリートの膝をオペしている先生もおられるので、やはりアスリートを沢山診ている先生のおられる病院を受診すべきでしょう。
話を戻しますと、チームドクターがいない場合は、まず自宅もしくは学校、スポーツ現場から通院可能な距離にあるスポーツ整形外科をリストアップし、傷害部位毎に専門のかかりつけ医を選定する事をお勧めいたします。
スポーツの種類にもよりますが、頭・首・腰・肩・肘・手首・指・股関節・膝・足首・足の指等々、裂傷等に対応するための外科。
集団での感染症など怪我以外での対応も考えて内科。
起こりうる傷害に対して選手に「どこの病院に行きなさい」と指定しておくと良いでしょう。
勿論そのうえで違う病院に行きたいのであれば個人の自由ですから、どこまで強制力を持たせるかはチームの方針にお任せします。
もしチームトレーナーがいるのであれば勿論同行するべきですが、そうでない場合は必ず選手にノートを持たせ、細かくメモを取らせましょう。
損傷部位、全治までの期間、予測される大まかなプラン。
いつから走り始められて、いつ頃からコンタクトが可能になるか。
などスポーツを専門にする医師であれば、ある程度は答えてくれるはずです。
【アスレチックトレーナーとの連携】
医師とコミュニケーションをとり、怪我に対する詳細情報を持ったアスレチックトレーナーが、まず初期のリハビリテーションプランを作成します。
同時に我々S&Cコーチもアスレチックトレーナーと連携して、患部外のトレーニングについてのプログラムを作ります。
怪我の程度、どのくらいの期間チーム練習から外れるのかにもよるのですが、出来る限り体力が落ちないように患部に支障のない範囲で動かせるところは動かし鍛えます。
怪我の回復具合により、この患部外トレーニングの範囲は日々広げていく事が出来るようになってきますが、あくまで患部に悪影響を及ぼさないように定期的な医師の診断や検査結果と日々選手の体を触っているアスレチックトレーナーとコミュニケーションをとりながら進めていく必要があります。
チームにアスレチックトレーナーがいない場合は、代わりに最寄りの整形外科のリハビリルームに勤務されている理学療法士さんや、スポーツに理解のある接骨院や鍼灸院の先生にお願いして専門医からの情報を元にリハビリプログラムを作ってもらいましょう。
ここで重要なのは必ず、丸投げしてしまうのではなく現場や自宅で出来る事を相談して進めていく事です。
少人数のスタッフでチームを管理している場合、どうしても怪我人の管理まで手が回らない場合もありますが、怪我をして一番辛いのは選手本人です。
必ず今どういう状態で何が必要で何をさせれば一日でも復帰が早まるのか?選手本人も交えてコミュニケーションをとりながら進めていかねばなりません。
【アスレチックトレーナーからS&Cへのハンドオーバー】
アスレチックトレーナーとS&Cコーチが協力してリハビリテーションを進めていく中で、患部への働きかけを行うのがアスレチックトレーナー主導からS&Cコーチ主導へと移行するタイミングがあります。
これを私の関わるチームではハンドオーバーと呼んでいます。
ハンドオーバーのタイミングはチームによって違うと思いますし、ケースバイケースでもあります。例えば下肢の怪我人がMaxの80%のスピードで走る事が出来たらランニングトレーニングはハンドオーバーする。
又は安全なフォームで痛みなくMaxの60%の重さでスクワットが出来たらストレングストレーニングはハンドオーバーする。など様々なケースがあります。
ランニングのリハビリテーションに関しては歩行から初めてジョグ・直線ラン・スラローム・ステップ・方向転換・加速・減速・ジャンプ・コンタクト…ets様々な項目がありますが、今はGPSがあるので数値化するのも簡単で楽をさせてもらってます。
ハンドオーバー後もアスレチックトレーナーは毎日選手の状態をチェックしS&Cコーチにフィードバックしてくれます。
「少しハムストリングスが硬くなってきましたね」
「じゃぁ加速する回数と下半身のストレングスのボリュームを減らして、代わりに上半身のコンディショニングを追加するから、来週の状況を見てまたプランを考えようか」
「わかりました。こちらでリカバリーにプールを取り入れてみます」
「いいね。じゃぁ20分ぐらい早く終わるようにメニューを調整するね」
こんな感じで色々意見を出し合いながら進めていきます。
アスレチックトレーナーとS&Cは阿吽の呼吸です。
ある意味お母さんとお父さんの役割分担と言えます。
アスレチックトレーナーはお母さんの厳しさ「優しく厳しく」
S&Cはお父さんの厳しさ「厳しく優しく」です。
S&Cコーチもアスレチックトレーナーもいない場合でよくある問題が、病院や治療院で「怪我が治った」と言われて急に練習に参加して再受傷するというパターンです。
これもリハビリ期間中に病院や治療院と連携が取れていないがためのミスです。
そして連続して同じ個所を怪我してしまうと気持ちが切れてスポーツを辞めてしまう選手も多いのです。
そうならない為にも指導者は大変ですが、前述した様に怪我してリハビリ中の選手とそのプログラムに対しても十分に把握しておかねばなりません。
「怪我が治った」と「スポーツに完全復帰できる」は別なのです。
【S&Cとしてチェックすべき項目】
S&Cコーチの役割の範疇もチームによって様々ですが、私の場合は競技練習に100%参加出来るようになるところまでを担当する場合が多いです。
例えば80%のスピードで走れる状態でハンドオーバーされたとします。
そこからまず100%のスプリントに耐えられるようにトレーニングします。
それと並行して競技要素を含んだ形でのコンディショニングを、怪我を悪化させないように段階を踏みながら行います。
100%のスピードが出せるようになれば加速と方向転換、状況判断や対人での1対1等を織り交ぜながら徐々に競技練習に近いレベルまで引き上げます。
コンタクトも最初はヒットはせずにパッドを使いレッグドライブして安全に倒れるところから初めて、徐々に勢いをつけてあたるように進めていきます。
ボールの争奪も最初は膝をついた形のレスリングのような動きから始め、立ち上がり動きのあるものに発展させ、上半身への強いコンタクトを含むものへと進めていきます。
最後は選手と生身で勢いをつけてコンタクトするところまでやります。
タックルも低いものから高いものまで。
幸い昔柔道をかじっていたのでタックルしたり、人とぶつかる事に恐怖心はありませんが、大男たちのタックルを受けるのはスリリングな仕事ですし、選手に怪我をさせないように気を使いながらやると逆に不自然な倒され方になり、自分が怪我をしてしまいそうで恐いものです。
また当然ですが、怪我をしてチーム練習から離れている期間が長ければ長いほど、このハンドオーバー後の期間も長くなります。
練習や試合に耐えうる状態であるかチェックしながら体力を戻すに際して、安全面を考えると時間はゆっくりかけた方が良いでしょう。
しかしそこもチームからのニーズと擦り合わせて時に急ピッチで進めなければならない事もあります。
「試合は20分以内でお願いします」など監督やヘッドコーチに進言したうえで選手を送り出す事もあります。
逆に軽い怪我や疲労性のもので、1週間から10日程度の離脱で戻す事が出来る場合は、簡単なランニングチェックやコンタクトチェックだけで戻す事もあります。
元々のその選手が持っている体力要素にもよりますので本当に現場の判断、ケースバイケースです。
10日間の離脱でも元々走れない選手が膝を痛めて離脱したのであればやはりランニングや持久力のチェックはある程度必要ですし、怪我をした理由が体力要素と深く関係があれば短期で治る怪我でも復帰には他とは違う段階を踏む場合もあります。
【スキルコーチのニーズ】
先程、競技要素を含んだコンディショニングと言いましたが、この内容についてはスキルコーチと相談しながら一緒に行う事が重要です。
例えばラグビーのフォワードの選手の場合、バックスと違い復帰するためにはスクラムを組めるようにして送り出さねばなりません。
そうすると最初は1人用のスクラムマシンを押すところから初めて、対人で1対1へ。
フロントローであれば3対3。
腰痛などの選手であれば後ろから押される事に耐えられるか?崩れた時に再受傷しないだけの強さがあるか?などポジション特性によってチーム練習に入るまでの求められる要素が違います。
或いは怪我をした原因が、タックルを飛び込んでしまう癖によるものだとしたら、リハビリの段階でもタックルのベーシックスキルとアジリティを組み合わせたドリルをさせて、踏み込んだタックルを修得させてから戻すようにしなければなりません。
このように選手1人1人の課題や、怪我をした背景を考慮して復帰プログラムは作らねばなりませんので、そこにはスキルコーチの考えや手助けが必要です。
どうしても人手が足りないチームであればS&Cコーチが何でも屋さんになる事もありますが、本来はスキル要素の高い領域にはS&Cであっても勝手に踏み込むべきではないと私は考えています。
スキルコーチの指導の下、スキル要素を含んだコンディショニングやチェックを繰り返しながら体力と技術を復帰レベルまで引き上げていく。
ここでも重要なのはコミュニケーション能力です。
【復帰にテストを用いるという方法も】
チームのポリシーとして明確に「怪我する前の〇〇%」若しくは怪我する前より強く。
等のリクエストがある場合は「復帰テスト」という形で明確にターゲットを示すというのも良い方法です。
以前大学のチームにコーチングしていた時は、「300ydのシャトルランを〇〇秒で入らなければグランドには戻れない」或いは「ベンチプレス100kg、スクワットとデッドリフトは140kgあがるまではグランドに入れない」というルールがありました。
勿論怪我をしたくてした選手はいないし、怪我をした事に対するペナルティではありませんが、学生チーム等では人数が多過ぎる場合、規律等のコントロールに苦労する場合があります。
モチベーションの下がった怪我人軍団が、オアシスのようにグランドの片隅で寛いでしまい、チーム全体の士気を下げるような光景も見受けられます。
また経験の浅い学生トレーナー等が上級生の怪我人に強い態度で接する事が出来ないような空気が既に出来上がってしまっている等、レベルの低い問題が発生している場合も実際にはあります。
本来そう言う事にならないように教育するのがベストなのですが、既にそうなってしまっている場合は、キャプテンや幹部学生等とよく話し合ったうえで、このような厳しい復帰ルールを設けるのも一つの方法かも知れません。
因みに私は嫌いではありません。
メンタル面もチーム練習に耐えうる状態に戻っているのか確認したければYOYO-TESTやBEEP-TESTがシンプルで持久力も確認できて良いでしょう。
60kg程度のフルスクワットを1分間で40回、1分間の休息を挟み4セット連続でクリア出来たら復帰許可。というのも良いでしょう。
全員の見てる前で行えば仲間も努力を認め復帰を祝ってくれます。
勿論怪我をさせない事が大前提ですので匙加減は難しいところではあります。
【まとめ】
少し話がそれてしまいましたが、怪我をした選手の復帰に向けたプロセスの最終確認者はS&Cコーチではなく、やはり監督やヘッドコーチです。
S&Cの仕事はアスレチックトレーナーや医師と連携をとりながら、監督やヘッドコーチが望む状態でグランドに選手を戻す事です。
車にひかれて弱っていた野鳥を保護し、手当をして回復させてから元いた森に放してあげる。「もうこっちに来ちゃダメだよ」と言いながら元気に飛び立っていくのをいつまでも眺めている。
怪我をした選手が復帰していくと、そのぐらいの達成感と感動があります。
S&Cコーチの仕事といえば選手を追い込み、強くするイメージが強いですが、それだけではありません。
むしろ100%で練習が出来ない状態の選手と向き合う時間の方が長いくらいです。
正確に状態を把握し正しい判断を下すためには日頃からの測定や選手の状態を把握する努力が必要ですし、繰り返しになりますがアスレチックトレーナーをはじめとする他のスタッフとのコミュニケーションが一番重要です。
チームドクター・アスレチックトレーナー・S&Cコーチ、これら専門職のいないチームはこの怪我人への対応を十分行う事が出来るかどうかが良いチームかどうかの分かれ道ともいえます。
怪我人の面倒が見れないチームには大事な選手を送ろうとは思いませんし、大事な子供を預けようとも思いません。
「あそこのチームは怪我したら終わりだ」「最後まで面倒を見てくれない」
こんな噂を聞いたことがあるはずです。
子供達がスポーツを安全に行う環境を整備出来ていないのにオリンピックを開催して夢だけ与えてもそれは大人たちの自己満足です。
世界に誇れる環境を皆で作っていきましょう。
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※お送りいただいたメールの内容は、コラムで取り上げられる事があります。
■コラム執筆者
佐名木宗貴
ベスト記録(ノーギア)
スクワット 241kg
ベンチプレス 160kg
デッドリフト 260kg
戦跡
パワーリフティング
・全日本教職員パワーリフティング選手権 90kg級 優勝
・2009~2012年 近畿パワーリフティング選手権 4連覇 75・82.5・83・90kg級4階級制覇
・ジャパンクラッシックパワーリフティング選手権大会 83kg級 準優勝
・アジアクラッシックパワーリフティング選手権大会 83kg級 優勝
・東海パワーリフティング選手権大会 93kg級 優勝
ボディビルディング
2000~2001年 関東学生ボディビル選手権 2連覇
2000年 全日本学生ボディビル選手権 3位
2011年 日本体重別ボディビル選手権70kg級 3位
2011年 関西体重別ボディビル選手権70kg級 優勝