トレーニーの皆さんは、トレーニングを始めた頃にまずベンチプレス100kgやスクワット150kgといったキリの良い数字を目指した経験があるのではないでしょうか。
これは初心者に限らず、全国レベルの上級者であってもやはりベンチプレス200kgやスクワット300kgといったキリの良い数字を目標としてトレーニングしている人は多いと思います。
これがヤード・ポンド法のアメリカになると、例えばベンチプレス200ポンド(90.7kg)やスクワット300ポンド(136.1kg)といった数字が目標として一般的になります。
そしてこれらの数字の中でも、過去に数多くのパワーリフターが目標とし、誰一人届かなかった究極のものとして、ノーギアスクワット1000ポンド(453.6kg)というものがあります。
ノーギアスクワット1000ポンドは、これまで誰も達成出来なかったパワーリフターにとっての未踏峰であり、長らく夢の記録でした。
しかし今年10月、遂にこのノーギアスクワット1000ポンドの壁を打ち破る選手が現れました。
今回のコラムでは、この度アメリカで達成されたこのパワーリフティングの歴史に残る偉業について書いていきたいと思います。
【1000ポンドスクワット挑戦の歴史】
《フルギアでの達成》
パワーリフティングの歴史の中で初めてフルギアスクワットで1000ポンドを達成したのは、1981年アメリカのデイブ・ワディントン(Dave Waddington)選手でした。
ワディントン選手はスクワットスーツ(頑丈な布で作られた強い反発のあるツリパン)とニーラップを着用したフルギアと呼ばれる試合形式でパワーリフティング史上初のスクワット1000ポンドを達成しています。
《ニーラップ使用での達成》
時は流れて2011年、アメリカのロバート・ウィルカーソン(Robert Wilkerson)選手は、IPFとは別の団体で行われているニーラップの使用は認められるがスクワットスーツは使用出来ない試合形式で (IPFのルールと比べてしゃがみはやや浅いですが)初めてスクワット1000ポンドを達成しました。
このようにスクワットスーツやニーラップといったギアを着用してであれば過去にも1000ポンドスクワット達成者は何人か存在しました。
しかしそれはやはりギアの力を借りてのものであり、ニースリーブとベルトという現在一般的なノーギアの試合形式となると、IPFは勿論のこと、ドーピング検査が行われずルールもIPFと比べ甘い他団体ですら1000ポンドスクワットを達成した選手はいませんでした。
【夢の重量に挑むレイ・ウィリアムズ選手】
今回この前人未到のノーギアスクワット1000ポンドに挑戦したのが、スーパーヘビー級現役世界チャンピオンでありSBDエリートのレイ・ウィリアムズ選手。
2013年にパワーリフティングの世界に彗星の如く現れ、いきなり400kgオーバーのスクワットを記録した稀代のビッグスクワッターです。
ウィリアムズ選手は2013年のデビュー当時既にインタビューで「ノーギアスクワット1000ポンド(453.6kg)を達成したい」と語っていました、とは言えその時の彼のベスト重量は905ポンド(410kg)、1000ポンドという重量は非現実的な遠い夢にも思われました。
しかし、その後順調にスクワットの記録を伸ばし続けたウィリアムズ選手は、初出場初優勝を果たした2014年6月の世界大会で412.5kg、2015年6月の世界大会では425.5kg、今年2016年6月の世界大会では438kgと毎年着実に自己ベストを更新、1000ポンドの目標に一歩一歩近づいていきます。
最近はSBDのトレーニングビデオでも好調さを語っていたウィリアムズ選手、世界記録を大幅に更新した6月の世界大会後も順調に重量を伸ばし続け、今年9月8日、練習場で遂に1000ポンドのスクワットを挙上します。
パワーリフティングの歴史で初の快挙へ、後はこの重量を大会で成功させるのみとなりました。
【全米ノーギア選手権】
挑戦の舞台は2016年10月13日~16日に米アトランタで開催された全米ノーギア選手権。
エントリー人数1180人と参加者数で世界最大のパワーリフティング大会であり、レベルも非常に高く、ノーギアパワーリフティング最強国であるアメリカを象徴する大会となっています。
トレーニングで1000ポンドスクワットに成功したレイ・ウィリアムズ選手はこの大会で公式1000ポンドスクワットに挑戦するのか、選手やファンの間でも大きな関心となっていました。
4日間に渡って開催された大会の最終日、重量級のトップ選手達が一同に会する最終グループに、白黒のSBDシングレットを着用したウィリアムズ選手が満を持して登場しました。
この日、ウィリアムズ選手はスクワットの第一試技にまず410kgを申請、この410kgという重量はウィリアムズ選手が2014年4月にオーストラリアで初めて世界記録を樹立した時と同重量になります、僅か2年半前に世界記録だった重量も現在の彼には第一試技の重量になっています。
ウィリアムズ選手はこの第一試技410kgを驚きのスピードで立ち上がり成功、観客からは歓声とどよめきが起こります。
続くスクワット第二試技は435kg、自らが4ヶ月前に樹立した世界記録と3kgしか違わない重量ですが、これも余裕が感じられる軽い立ち上がりでした。
そして運命の第三試技、ウィリアムズ選手は遂に夢の1000ポンドオーバー、456kg(1005ポンド)を申請します。
ここから先は是非動画をご覧になって下さい!
ラックアップと同時に「ライト ウェイト(軽い)!」と叫び、スタンスを決めて呼吸を8回繰り返す一連のルーティンはウィリアムズ選手がいつも行っているものです。
8回目の呼吸を吸った瞬間一気にしゃがみ込み、ボトムで弾むように切り返して立ち上がるとバーベルは途中で詰まる事無くスムーズに挙上されました。
判定は文句無しの白3つ。
これにより史上初のノーギア1000ポンドスクワッターとなったとウィリアムズ選手、快挙の達成に喜びを爆発させます。
レイ・ウィリアムズ選手はこの後更にベンチプレス240kg、デッドリフトでは未公認世界記録である383kgに成功し、トータルは1079kgという驚異的な記録を残しました。
このノーギアでのスクワット456kgとトータル1079kgという記録は、IPFは勿論、薬物検査を実施していない他団体の選手も含め、パワーリフティングの歴史で史上最高の重量になります。
ウィルクス・スコア(フォーミュラ)は581、こちらも2位のデニス・コーネリアス選手(120kg級世界チャンピオン)に大差をつけ全米ノーギア選手権のベストリフターを獲得しました。
9試技成功を決め飛び上がって喜ぶウィリアムズ選手
次の動画はレイ・ウィリアムズ選手の三種目の試技と試合後に受けたインタビューの様子になります、SBD JAPANさんのご協力でこちらのインタビューを和訳して頂きました、偉業を達成したウィリアムズ選手のインタビュー、是非読んでみて下さい。
(2:46)
-インタビュアー-
さあみなさん
僕は感動で言葉が上手く出てきません
パトリック・アンダーソンです
一週間ずっとここにいては 男子も女子も老いたるも若かれも 色んな選手達の素晴らしいリフトを見てきました 僕を驚かせてくれました
さて 僕の隣にいるのは これまでにない感動を与えてくれました レイ・ウィリアムズです
先ず言いたいのは 貴方はパワーリフティングの歴史上で最も素晴らしいパフォーマンスを本日見せてくれました
おめでとうございます
合計2,380ポンド(1079kg)でした
(3:19)
-レイ・ウィリアムズ-
ありがとうございます
先ずは神様のお陰だと感謝しています
それが先ず僕の言いたいことです
(3:29)
-インタビュアー-
とても控えめなレイ選手のために 僕が詳細を説明しましょう
1,005ポンド(456kg)です
現世界記録を上回った新アメリカ記録です
僕からみても ここにいる多くの専門家達からみても 過去最高の凄い重量が持ち上げられました
最も素晴らしい達成です
レイ・ウィリアム 貴方以外にこの質問に答えられる人はいません
1,005ポンドのスクワットをノーギアで持ち上げた今の気持ちはいかがでしょうか?
(3:58)
-レイ・ウィリアムズ-
もっと上を目指したくなりましたね
それが良けければ良いほど パフォーマンスが良ければ良いほど 更に何を良くできるのかと考えてしまいます
トレーニングに戻れば 不安定な部分を取り除くための更に良い方法を見つけたいと思います
それが試合でのより良いパフォーマンスに繋がることでしょう
(4:18)
-インタビュアー-
最後にデッドリフトについて聞きたいと思います
ここにいるのは ジョシュ・ローズです
(4:26)
-ジョシュ・ローズ-
我々は 初の1,000ポンドのノーギアスクワットを行ったバーに レイ・ウィリアムズのサインをお願いしたいのです いかが思われますか?
(4:30)
-インタビュアー-
いいですね
(4:32)
-インタビュアー-
そのサインを貰いたいと思います
これは永遠の殿堂入りアイテムとなります
レイ・ウィリアムズ カメラの前でサインしてもらえますか?
これが1,005ポンド、456kgが持ち上げられたバーです
(4:56)
-インタビュアー-
前代未聞です 素晴らしい日ですよ皆さん
カメラに見せて下さい そこのカメラの方に向けて下さい
ご覧頂けますでしょうか 「レイ・ウィリアムズ 1,005」です
1,005ポンドの事で話は持ちっきりになるでしょうが
今日 もっと早くにも貴方に話した通り デッドリフトが貴方にとってどれだけ大切だったのか私は解っています
貴方が記録を破った相手であるブラッド・ギリンガムの前回の記録は826ポンド(375kg)でしたから
この844ポンド(383kg)のデッドリフトについて教えて下さい
(5:33)
-レイ・ウィリアムズ-
誰かを尊敬している時に ブラッドに尊敬を抱くと共に
ドラッグ・フリーで それ程大きい重さで 偉業を達成できた事は光栄です
ブラッド 観ていますか?貴方のことを思っています
貴方が僕に多くの事を教えてくれました
数年前 僕たちは同じ怪我を負っていて オーストラリアの大会で競い合いました
競争相手でありながらも 戦いの最中であっても 良いリフターになるためのアドバイスをくれる相手に今まで出会ったことがありませんでした
本当に尊敬しています
(6:11)
-インタビュアー-
ブラッド・ギリンガム ノーギアとフルギア共にスーパーヘビー級世界タイトルを獲得している唯一の男です これを達成している人は他にいません
ではこれでお終いにしたいと思います 2,380という歴史的達成を果たしました 次は一体どうなるのか予想さえつきません
多分2,500(2500ポンド=1134kg)をレイ・ウィリアムズが達成するでしょうか
ここにいる皆さんやオンラインでご覧の皆さんに代わって言いたいと思います
レイ・ウィリアムズ どうも有難う
貴方が今日行ったことは 信じられない達成であり
これを拝見したことは名誉としか言いようがありません
(6:43)
-レイ・ウィリアムズ-
有難うございます
(6:45)
-インタビュアー-
最高のパワーリフターであるレイ・ウィリアムズのため
パトリック・アンダーソンでした
我々はブースに向かいたいと思います コマーシャルの最後のまとめを行いたいと思います
レイ選手ありがとう
<インタビュー終了>
(※ブラッド・ギリンガム選手 フルギアで2度、ノーギアで1度世界大会を制したアメリカを代表するスーパーヘビー級パワーリフター、デッドリフト世界記録保持者)
インタビューでは感謝の言葉と共に更に上を目指す事を語ったウィリアムズ選手。
これから30代というパワーリフターとして脂の乗る年齢に入り、この稀有な才能を持つ選手がどこまで記録を伸ばすのか、今後もウィリアムズ選手から目が離せません。
【続いて1000ポンドスクワットを狙う選手達】
※レイ・ウィリアムズ選手の二人のライバル
スポーツの世界では、それまで不可能とされていた記録であっても、一人が破ると次から次へと達成者が現れるという現象が度々見られます。
ノーギア1000ポンドスクワットもレイ・ウィリアムズ選手が初めて達成した事で、恐らく今後はこれに続く新たな達成者も現れるのではないでしょうか。
私が将来1000ポンドスクワットを達成するのではないかと考えている、ウィリアムズ選手の二人のライバルをご紹介します。
《ジェザ・ウェパ選手》
ウィリアムズ選手とスクワット世界記録を幾度となく更新し合ってきたナウルの怪人、公式大会ではありませんが最近オセアニアで開催されたフィットネスイベントで440kgのノーギアスクワットを披露しています、二人目のノーギア1000ポンドスクワッター最有力候補。
フィットネスイベントでのスクワット440kg
《ブレイン・サムナー選手》
国籍・年齢・体格・出身スポーツまでレイ・ウィリアムズ選手と共通点の多いフルギア最強のパワーリフター ブレイン・サムナー選手。
IPFで唯一のフルギア500kgスクワット達成者であり、ウィリアムズ選手と並ぶスーパーヘビー級のスターです。
現在ノーギア大会からは離れフルギア世界大会に向けて調整中のサムナー選手、練習もギアがメインのようですが、ギア練習の後にノーギアスクワット395kgを軽々と挙上する動画をアップしており、ノーギア復帰すれはウィリアムズ選手にとって再び最強のライバルとなるでしょう。
※他競技や他団体の選手
他競技にもやはりスクワットの強い選手は沢山います、アメフトから転向してきたレイ・ウィリアムズ選手が短期間でスクワットの世界記録保持者になったように、他競技から参戦してきた選手が新たなノーギア1000ポンドスクワッターとなる可能性も十分に考えられます。
更に近年は他のパワーリフティング団体からIPFに移籍してくる選手が増えており、IPF世界チャンピオンのジョン・ハーク選手やデニス・コーネリアス選手も元々は別の団体の大会に出場していました。
こういった他団体の選手にも注目してみたいです。
《マート・セイム選手》
スクワットと言えばやはりウェイトリフター、 ウェイトリフティング世界選手権メダリストであるエストニアのマート・セイム選手はInstagramに400kgのスクワット動画をアップしています。
セイム選手のような世界レベルのヘビー級ウェイトリフターの中にはMAX400kgオーバーのスクワッターが他にもいると考えられますので、そういった選手が今後パワーリフティングに参戦して1000ポンドスクワッターとなる可能性もあるのではないでしょうか。
スクワット400kg
《エリック・リリブリッジ選手》
IPF以外のパワーリフティング団体に所属する選手達の中でも現在最強の一角と目されているのがこのリリブリッジ選手、この選手の所属する団体はIPFと比べてルールが甘く薬物検査も行われないのでIPFの記録と単純に比較は出来ませんが、417.5kgのノーギアスクワットを成功させています。
スクワット417.5kg
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■コラム執筆者
神野亮司
愛知県 MBC POWER所属 ( http://mbcpower.web.fc2.com/ )
ベスト記録(ノーギア)
・93kg級
スクワット245kg
ベンチプレス165kg
デッドリフト267.5kg
トータル662.5kg
・83kg級
スクワット212.5kg
ベンチプレス157.5kg
デッドリフト255kg
トータル612.5kg
実績
ジャパンクラシックパワー(旧ジャパンオープンパワー)出場10回、最高2位
2012年アジアクラシックパワー男子一般83kg級2位
2014年世界クラシックパワー男子一般83kg級11位