【基本種目の必要レベルはあるのか?】
読者の皆様、いつもご覧頂き有難う御座います。
梅雨入りの時期ではありますが日毎に寒暖の差が激しく、クーラーを付ける日もあれば夜は長袖が必要な日もあり、コンディションを崩しやすい時期でありますが如何お過ごしでしょうか?
私は先日、大阪体育協会主催の競技力向上セミナーに講師として参加してまいりました。
様々な競技団体で日本体育協会公認のライセンスをお持ちの方々がブラッシュアップのために受けるセミナーで、300人近い指導者の方々に身体の鍛え方についてのお話をさせて頂きました。
身体の鍛え方というテーマですので、基本的なお話や一般論だけでも良かったのですが今回は私が日頃から危惧している新しいトレーニング方法やトレーニング機器の流行り廃りという部分についても競技スポーツの指導者の方々にはフェアな目で見極めて欲しいと思い、敢てお話をさせて頂きました。
受講者の方の中には少し戸惑いを覚えられた方もいるかと思いますが、身体を鍛えるという事には色々なオプションが存在するという事、そしてそれらのオプションを効果的に行う為にはやはり基本種目の修得は絶対であるという事をお伝えする必要があると思いました。
勿論一つの方法に固執した時点で思考が停止してしいます。
「基本基本‼」「基本種目だけやっとりゃええんや‼」というバーベル愛好指導者も沢山いると思いますが、基本はあくまで応用に繋げる為の基本です。
ご自身が基本種目が大好きだからといって選手まで自分の知っている範囲に留めておくのは良くありません。
その逆で選手の興味を繋ぐために次々と新しい事をさせ過ぎて基本の修得を疎かにしてしまうと「結局色々な事はやったけど何も身についていないよね」っと残念な結果になってしまいます。
競技アスリートがトレーニングを行う目的は競技パフォーマンスの向上、或いは障害の予防です。
指導者も競技者自身もそこだけは見失わないようにして欲しいと願います。
それでは競技アスリートとその指導者はウエイトトレーニングの基本種目に対してどう向き合うべきなのでしょうか?一体どのぐらいのレベルに達すれば十分だと言えるのでしょうか?
今回のコラムはこれについて考えてみましょう。
【基本が大切】
各競技には必ず最初に教わる基本というものがあります。それは精神的なもの、心がけのようなものから、基本動作、基本姿勢など様々な種類の基本が存在します。
レベルの高いアスリートほど「基本が出来ている」と言われ、基本を徹底出来る事が競技力を向上させるために重要な要素といえます。
競技者も指導者もこの基本を重んじるあまり身体を鍛えるトレーニングでも基本をすごく大切にしてくれます。
ではトレーニングの基本とは何でしょうか?
恐らくこのコラムを読んでくださっている方の多くは「スクワット‼」とか「BIG3‼」とか答えてくれると思います。ではその基本はいつまで続ければ十分なのか?逆に応用はいつから開始できるのか?と聞かれれば明確な答えを返せる人は少ないはずです。
私がトレーニング指導者を志した頃(20年前)に繰り返し耳にした一つの基準のようなものによれば
「大学生アスリートはスクワットとデッドリフトを体重の2倍、ベンチプレスを1.5倍、パワークリーンを1.2倍あげられるのが理想」というものでした。
NSCA(National Strength and Conditioning Association)のセミナーでも似たような事が言われていました。
例えば体重80kgのアスリートとすればスクワット・デッドリフト160kg、ベンチプレス120kg、パワークリーン96kgという事になります。
なるほど今考えても丁度良いように思えます。
しかし「これで十分ですか?」と言われれば
「それは種目や年代によって違うでしょう」と私なら答えます。
つまり基本種目、或いは基本動作スキルの修得レベルを挙上重量で図るとすれば、その後その専門競技で「どのような技術を修得し、どのような戦術を実現させ、どのように勝ちたいのか」これによって基本種目の必要レベルも変わるという事です。
【競技特性】
世の中にはいろんなスポーツがあります。
30代の選手が世界チャンピオンの競技もあれば中学生が金メダルをとる競技もあります。
競技パフォーマンスに基礎となる体力レベルの高さが大きく作用する種目もあれば、基礎体力よりも技術力の高さが求められる競技もあります。
また体力の種類も筋肉の大きさ・体重や最大筋力が重要な競技もあれば、俊敏性や状況判断力の方が重要な競技もあるでしょう。
競技によって求められる能力が異なるので、当然トレーニングによって獲得されるべき体力レベルも異なります。
また同じ競技でも階級別の競技であればリミット内でパフォーマンスを最大限発揮出来る筋量と筋力が求められるでしょう。
例えばアメリカンフットボールのオフェンスラインの選手にとっては1gでも筋肉量が多い事がパフォーマンスの向上に役立つでしょうし、ラグビーのプロップの選手にとってはスクワットのMAXが1gでも強い事がパフォーマンスの向上に生かされるでしょう。
柔道の最重量級の選手であれば筋肉量は1gでも多い方がパフォーマンスには有利でしょう。デッドリフトのMAXも1gでも強い方がパフォーマンスに有利でしょう。
逆に60kg級の選手はスタミナや障害予防なども考慮したうえで体重が60.0kgを超えない範囲での筋量調整が必要でしょう。その筋量の中で最大限に発揮出来る筋力が求められます。
しかし、最近話題となった卓球のように13歳の少年がメダリストを破り世界大会で上位に進出するような競技では筋量や筋力を向上させる事よりも小さく細い体でも俊敏に動ける事と視覚的な能力や反応のスピードなどがパフォーマンス向上の為には優先されます。
これらは両極端な例ですが、このようにスポーツでは各競技によって求められるパフォーマンスの特性も違いますので一概にトレーニングの基本種目が必要かどうかも意見の分かれるところです。
スキル要素の高い競技においては、わざわざ競技練習外で時間を割いてウエイトトレーニングを行わせるよりは1分でも長く競技練習・競技動作を反復させた方が競技力向上に繋がる場合もあり、様々な方法で競技練習中に競技動作自体に負荷をかけるようなトレーニング方法も考案されています。
【障害の予防】
基本種目の挙上重量をパフォーマンスの観点から考えると、必ずしも必須ではない競技もあると思いますが、それでは完全にやらなくて良いのかと言うとそうではありません。
そもそもの競技練習以外のトレーニングを行う目的にはパフォーマンスの向上という目的以外にも障害の予防という目的もあるはずです。
基本種目をコントロールされたスピードで行い、基礎的な筋力基盤を築く事で衝撃に対する耐性の向上や関節の安定性の改善など様々な効果が期待できます。
また競技動作に特化した運動に偏る競技ほど、筋力や筋量のアンバランスによる障害も、競技を長く続けるうえでは予防していかなければなりません。
そのためウエイトトレーニングでは逆に基本種目に特化するべきだという考え方もあります。
このように基本種目の動作や可動域、スピード自体が競技動作と離れているからこそ必要だという場合もあるのです。
【現場でよく行われる複合的なトレーニングへの対応】
基本的な筋肥大や最大筋力の向上を狙ったウエイトトレーニングの発展形としてパワー向上を狙った高強度のダイナミックエクササイズやプライオメトリックを基本種目と交互に行う所謂コンプレックストレーニングという方法があります。
高強度のダイナミックエクササイズの後に起こるとされる一時的なパワーの増大、この活動後増強と呼ばれる生理現象を利用したトレーニングとしてスポーツの現場では広く使われる方法ですが、これに対しても推奨されるガイドラインとして、
2年間以上のレジスタンストレーニングの経験と下半身であれば体重比で1.8倍、上半身は1.4倍のMAXをあげている事が望ましいとされています。
例えばMAXの90%の重さで3回のバーベルスクワットをしてから連続ジャンプを3回飛ぶ。このようなトレーニングです。
この場合だと体重80kgのアスリートなら144kg以上のMAXで無ければこのトレーニングを行うのに適したレベルではないという事です。
あなたの周りでもこのレベルに達していないにもかかわらず意味も解らず見様見真似で行っている選手、或いは行わせている指導者がいるのではないでしょうか?
また通常のプライオメトリックトレーニングをトレーニングプログラムに導入する際も、高強度な種目(デプスジャンプなど)を安全に行うには着地時に関節にかかる負荷に対して耐えうる基礎筋力を有している事が大前提で、その基準もバックスクワットで体重の1.5倍のウエイトをあげられる事とされています。
例えば連続した高いハードルジャンプやBOXから飛び降りてすぐにより高いBOXに飛び乗るようなトレーニングです。
【まとめ】
コンプレックストレーニングの例でもそうですが、様々なトレーニングテクニックを行うにしても土台となる筋力が無ければ安全に行う事が出来ませんし、細かな重量設定も出来ないと思います。
トレーニングの上級者であればベンチプレスのMAXが140kgであればだいたい130kgは3回出来るし120kgは5回は出来るでしょう。
しかし初心者に近い人は80kgで10回が簡単に出来るのに90kgだと2回で潰れてしまったり、バーベルを安定して同じコースでコントロール出来ず、紐の切れた人形のような潰れ方をする人もいるでしょう。
九九を覚えきらない子供に分数の割り算を教えるようなもので勉強でもスポーツでも基礎となる基盤のようなものは必要なのです。
10年近く前ですが、ある大学アメリカンフットボールチームのヘッドコーチはベンチプレスが100kgあげられない選手は試合には出さないというルールを作りました。
それは勿論安全面も考えた措置ですが同時に、「チームから与えられたトレーニングメニューを1年間行っていて、たかだかベンチプレス100kgがあがらないというのはウエイトトレーニング自体を真面目に行っていないのだろう。」という規律的な意味合いもありました。
競技特性により重要度の大きい小さいはあれど、ウエイトトレーニングの基本種目を適切なフォームで行う事の出来る能力は、アスリートとしての最低限備えるべき必修科目のようなものだと思います。
そしてパワー系競技のアスリートにとっては自分の持つ骨格と競技特性、または年齢と経験年数等から考えられる伸びしろ、投資する時間対効果を考慮したうえで追求し続けるもので、フォーカスポイントの変化により要求される割合は増減するもののゼロになる事は無い要素であると思います。
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■コラム執筆者
佐名木宗貴
ベスト記録(ノーギア)
スクワット 241kg
ベンチプレス 160kg
デッドリフト 260kg
戦跡
パワーリフティング
・全日本教職員パワーリフティング選手権 90kg級 優勝
・2009~2012年 近畿パワーリフティング選手権 4連覇 75・82.5・83・90kg級4階級制覇
・ジャパンクラッシックパワーリフティング選手権大会 83kg級 準優勝
・アジアクラッシックパワーリフティング選手権大会 83kg級 優勝
・東海パワーリフティング選手権大会 93kg級 優勝
ボディビルディング
2000~2001年 関東学生ボディビル選手権 2連覇
2000年 全日本学生ボディビル選手権 3位
2011年 日本体重別ボディビル選手権70kg級 3位
2011年 関西体重別ボディビル選手権70kg級 優勝