【はじめに】
読者の皆様、いつもご覧頂き有難う御座います。
SBDコラムニストの佐名木です。
現在は日本パワーリフティング界にとって令和最初のビッグイベントである、世界ベンチプレス選手権大会が千葉県の成田市で開催されている真っ最中です。
このコラムを書いている時点(5月20日朝~21日夜)ではクラッシック部門で熱戦が繰り広げられております。
私も成田まで行き直接観戦したいところではありますが、自分自身も試合に向けた最終調整の真っ最中であるため残念ながらGOOD LIFT LIVEでの観戦に留めております。
正直ここまでベンチプレスの試合を、試合展開も含めて真剣に見たのは初めてで、学びの多い観戦となっております。
特に重量の選択では所謂「被せ合い」の応酬で、スタート重量から第三試技まで相手の調子と余力を見極めながら細かに重量を変更しながら心理的にも揺さぶりをかけるという、なかなか素人にはわからないマニアックな世界を遠い大阪でも共有出来ました。
勿論選手は自分の試技に集中したいもので、ここではセコンドやサブセコンドとの連携や信頼関係が勝敗を分けます。
検量体重や相手選手の過去のデータ、アップ会場でのあがりなども含めて当日の調子を見極め、選手に適格な情報を与えながら集中させ重量を選択していくのは自分の試合以上に神経を擦り減らす作業です。
パワーリフティングの試合をこれから楽しまれる方々は是非、選手と共に戦い共に喜び共に涙を流す、セコンドの役割にも注目していただければと思います。
さて続きまして私事ですが、先月のコラムでも書かせていただいた世界クラッシックでの階級変更に関して無事に認められ
マスターズⅠ-93kg級にエントリーされております。
ノミネーションでは14人中8番目とちょうど真ん中ぐらいに位置しておりますが、食事制限を解除した御蔭でここ最近は調子が良く、特にスクワットとデッドリフトでは大幅に自己ベストを更新出来るのではないかと思っています。
スクワット240kg×3
スクワット230kg×4
スクワット235kg×1
デッドリフト255×4
またこの短期間で練習強度を上げる事が出来たのは、職場の仲間のお陰です。
特にいつも強度の高いスクワットの日は補助に入ってくれる二人の山川君には本当に感謝しています。
注意1:ベーコンとサトウキビ。二人とも沖縄の那覇ジム出身。同じ名前だが血の繋がりは無い。
注意2:ベーコンは同じ職場で働いていますがサトウキビは私がスクワットをするときにわざわざ兵庫県からヘルプに来てくれるパワーの事なら何でも知っている面白い奴で、今は私の古巣マッスルプロダクション所属の選手です。
今までは1人でトレーニングしていたのでここまで練習で追い込む事は出来ていませんでした。
強くなるには環境は大切です。
環境とは公式台も公式バーも勿論大切ですが、一番大切なのは仲間です。
皆様も良き仲間と共にトレーニング出来る環境を作りましょう。
【はじめてのフルギア三種の審判】
さてそれでは今月の本題に入ります。今回は「審判から見える世界」シリーズの第三弾として、約1ヵ月前の4月27日-28日に大阪府堺市にて開催されました全日本パワーリフティング選手権での審判経験について書きたいと思います。
今までジャッジした経験のあるフルギア選手は昨年12月の長野県大会で1人だけですのでフルギア三種の大会をジャッジするのは勿論初めてです。
私自身が選手としてフルギアを経験した事が無いので(勿論練習も無い)、フルギアについての理解を深めるためには避けては通れない大会です。
今回も経験の少ない私をジャッジに加えて下さったJPA技術委員会の皆様、有難う御座いました。
またこの試合の模様は私の教え子(埼玉県の正智深谷高校ラグビー部時代)であり、今大会に83㎏級で出場していた東京都TXP所属の八須選手のYOUTUBE(スーパーレスラー)でご覧いただけますのでこのコラムと合わせてご覧いただければより臨場感が伝わるかと思います。
【テクニカルコントローラーとして】
私が審判を担当するセッションは2日目の午後から始まる第2セッションのAグループ(男子83kg級)でしたが、午前に行われる第1セッションのAグループ(男子74kg級のジュニアとマスターズ、男子93kg級のサブジュニアとジュニア)ではテクニカルコントローラー(以降TC)を務める事なりました。
テクニカルコントローラーの役割と言えば選手がプラットフォームに入る直前に服装などをチェックして「バイーイズローデッド」のコールがかかるまで選手を制止しているところが想像できるかと思いますが、昨年度のジャパンクラッシックベンチプレス、ジャパンクラッシック、そして今回の全日本パワーと三試合でTCを務めるにあたり、事前の審判ミーティングで強調されていたのは、それよりもバックステージで順番を待っている選手達に混乱の無いように努める事やセコンドとして申請を行っていない者(リストバンドのチェック)をバックステージに入れないようにする事でした。
フルギアの大会ではセコンドやサブセコンドの重要性はノーギアの比ではありません(自分でスーツを着るのも脱ぐのも大変だしニーラップも殆どの選手がセコンドに巻いてもらっている)それだけに申請を行っていないサポーターまでバックステージに入れてしまう事は競技の公平性を欠きます。
しかしパワーリフティングの試合の多くは入場無料で大学の講堂や公共の体育館などで行われているため、見に来た人からすると「裏側も見れる」「〇〇さんもおるから大丈夫やろ」と観客席の無いバックステージまで間仕切りを跨いで入ってきてしまいます。
そうすると誰が申請されたセコンドで誰が関係ない人なのか判別が出来ないほどにバックステージは混乱します。
またパワーリフターは横の繋がりが強く(友達が多い)競技者も関係者も殆どが友人知人という場合が多くバックステージでは自分がセコンドに入っている選手ではなくても困っている人がいればみんなで助け合う素晴らしい習慣があるので、これが逆にTCからすると「誰が誰のセコンドやねん」と判別がつかなくなり結果選手が座るはずの椅子に関係ない人が座っていたり、アップ会場が独占されたり、モニターの前が人だかりで選手が見れなかったり、呼ばれた選手がなかなか出て来れなかったりと色んな問題が発生します。
(国際大会だと国別のTシャツなどで分かり易いしリストバンドも厳格に入り口でチェックされる)
改善策としてはまずバックステージへの入場制限を厳格化すること。
そしてもっと広い試合会場を押さえる事ではないかと考えます。
またTCの役割として選手が身につけているコスチュームや道具がコスチュームチェックをしっかり通したものかどうかを確認する役割もあるのですが、これは事前のコスチュームチェックで押されたスタンプ
を確認するほかないのですが、このスタンプの押し方が弱かったり、選手が着た時に見え易い場所に押しておかないとTCが混乱したステージ裏で確認する事は非常に困難であると感じました。
特にフルギアの場合は装着するギアによって記録を向上させる事が出来るので、もっと厳格に見るべきだと思いますし、コスチュームチェックも沢山の選手がいて流れ作業のようになりがちですが、しっかり見やすい位置に濃く押すようにしましょう。
【はじめてのフルギアスクワット】
それでは83kg級の審判の話に入ります。
まずはスクワット、私は選手から見て右側の副審でした。
主審は京都学園の八木先生、逆側の副審は神奈川の下村さんという3人で行いました。
陪審員は岡山の石本さん、京都学園の三浦先生、神奈川の大森さんと豪華メンバーでした。
全国大会レベルになると赤判定に対してもセコンドがバンバン陪審員席に質問(抗議?)に来ます。
私の席は陪審員席の前に位置しましたのでプレートの付け替えの時間に質問(抗議?)に来たセコンドと陪審員との会話が良く聞こえたので自分の判断が陪審員と同じだったかどうかを確認できたのでやり易い環境でした。
判定に関して言えばこのグループはしっかりしゃがんでくる選手が多かったので判定は難しいものではありませんでした。
心配していた股関節の見やすさは逆にピッチピチのスーパースーツを着て膝もバンテージでギュウギュウに締め付けているので大腿部の付け根も、太ももの前面もハッキリ見やすくフォームも皆似ているのでスクワットの高さはノーギアよりも見やすいと感じました。
フォームも効率良くギアの反発を得るために、あまり上体を前傾させないように膝を割ってしゃがむ人が多く、ボトム周辺でギアの反発を得ようと僅かに跳ねるような下げ方をするので「下りたか下りなかったか」判定しやすかったです。
逆に私のような前傾のきついスクワットが如何に審判にとって見辛いスクワットなのかを再認識する良い機会でした。
余談ではありますが、このセッションのスクワットの中で私の判定基準のターニングポイントとなる試技が第二試技で1つありました。
「ん?浅いかな」と思いましたがギリギリ下がっているようにも見えたので「間違いなく赤と言えないので白!」と頭の中で整理して白を押しました。
判定は、主審は赤でしたが白2本で成功でした。
「う~ん。ちょっと甘かったかな」と少し反省しましたが「ここで基準を変えたら一貫性が無くなってしまう」と思い、自分の基準値を「今の深さが下限でこれ以上は赤」と線を引きました。
そしてその2人後に出てきた選手が全く同じ高さで切り返したように見えました。
「これは白にして自分の中の判定基準をそろえよう」と考え白を押しました。
判定は主審と私が白で逆サイドは赤でした。
その二人の選手は第三試技でよりギリギリを突いてきて第二試技の高さよりもほんの僅かに高い位置で切り返しましたので私は迷わず赤を押しました。
結果二人とも赤二本で失敗でした。
私のように考えながら他の人もジャッジしているかどうかは分かりませんが私にとっては非常に印象的な試技でした。
更に余談ですが、判定とは関係ありませんがYouTube動画を見て頂ければわかる通り、このセッションでは非常に危険な潰れ方が何回かあり「フルギアって怖いな~」というのと「スクワットの補助員ってもっとお金もらわないと(危険手当)やってられないよな~」とも思いました。
パワーリフティングの試合を行うにあたり一番大変な作業が補助員です。
しかしその待遇はあまり良いものとは思えません。
お金を払えば良いというものではないのは重々承知の上ですが何かもっと頑張ってくれたお礼をしなければこんな危険な重労働をボランティアでやってくれる人など居なくなってしまうのではないかと少し危惧しました。
【はじめてのフルギアベンチプレス】
続いてベンチプレスです。
そして今回最も判定に戸惑ったのがこのベンチプレスでした。
今までジャッジしてきたノーギアのベンチプレスとは肘やバーベルの動きが異なり、とても見るのが難しかったです。
今まで副審を経験してきたノーギアのベンチプレスで一番注意して見ていたのはお尻でした、そのため今回も第一試技の間はなるべくお尻を横から見られる位置から見ていたのですが、一通り第一試技を終えて、異常にブリッジが高くてお尻が怪しかったりギリギリのつけ方をしてくる選手はこのセッションにはいなかったので、第二試技からは重点的に見るポイントを変えました、それは肘とバーの下がり、傾きです。
フルギアのベンチプレスではボトムでシャツによる反発がMAXとなるため、ボトムからの押し返しはスピーディーに上がるのですが、シャツの反発が無くなる辺りで今度は自力で肘を伸ばしきらなければならないので、その切り替わる位置でバーが一旦下がってから押し上げてしまったり、上手く反発で上がってきた勢いを捕えても左右バラバラに上がってしまい片側が下がってしまうケースがあるのだと第一試技を見ながら感じました。
ノーギアでも稀に思いっきり足を使ってボトムから勢いよく跳ね上げたスピードを、上半身で押す力に上手く繋げる事が出来ずに一瞬バーが下がってから、受けて押し上げてしまうような失敗は見た事がありましたが、それに近い現象がフルギアではシャツの反発力と自力とのギャップで起こるので、第二試技からはそこを重点的に見るようにしました。
(※やったことが無いので全て想像ですが)
ところが私のポジション取りも良くなかったせいもありますが、副審の位置からはなかなか肘が見えません。
手前側の肘はプレートで隠れて見えず、逆側の肘もブリッジと胸の厚みで見え辛く、更に逆側の肘は内側から見えるため伸び切っているかどうかが判別し辛いのです。
肘が伸び切ったから主審はラックをコールしたのか?
伸び切る直前でバーが下がってラックをコールしたのか?
微妙過ぎてどちらか分からない!
でも会場の反応は「あ~」みたいな感じだから正面から見たら伸び切って無かったのね。
って事は赤だ…
そのような試技もありました。
今思えばお尻はもう見なくても大丈夫だと判断して椅子をもっと足側に動かすべきでした。
ベンチが終わり陪審員の先生方に「難しいですね~」と言うと「経験だよ、経験」と慰められました。
フルギアベンチは難しいです。
【はじめてのフルギアデッドリフト】
少しベンチプレスで「見切れなかった~」っと凹みながらも気を取り直してデッドリフトです。
スクワットやベンチプレスと違いデッドリフトの副審は手を上げる事も下ろす事も無く、ただ判定するだけなので少し気が楽です。
ノーギアとフルギアのデッドリフトの違いですが、やる側からすれば沢山あるのかも知れませんが、判定する側から見ると大きな違いはなく、強いてあげるとすればピチピチのスーパースーツを着ているせいかノーギアに比べ肩の返しが小さく明確で無い時があるぐらいでした。
スクワットやベンチプレスに比べるとギアの効きもそこまで大きく無いようで重量的にもノーギアとあまり変わりません。
ノーギアではあまり見られない失敗試技としてはスーツの反発で床からバーベルを浮かせる事は出来るもののグリップ力が重量に耐えきれずグリップが外れ後ろに飛ぶように転んでしまう選手がいました。
私が担当したセッションでは特に判定の難しい試技は無く、あったとすれば前記したように引ききったところで肩の返しが不十分に見えてダウンのコールが遅れ、落としてしまったり、二段上げになってしまってバーが下がったりといったところでした。
【はじめてフルギア大会をジャッジした感想】
はじめてのフルギア大会での審判経験がいきなり全日本という大舞台でかなり緊張していたのですが、終わってみればベンチプレス以外はそんなに難しくなく、寧ろスクワットはノーギアよりも見やすいぐらいでした。
ベンチプレスはもう少し経験を積まないと分からないことだらけですので機会があればフルギアの全日本ベンチも審判として参加し沢山の試技を判定したいと思いました。
世の中には色んな種類のスポーツが存在します。
その中で同一競技の中で「最小限の道具(シューズなど)だけでパフォーマンスを競う」ものと「道具を最大限に利用してパフォーマンスを競う」ものとの両方が混在する競技があります。
例えば走高跳と棒高跳び、水泳とフィンスイミング、異なる競技ではありますが体操競技とトランポリンの比較も似ているかも知れません。
パワーリフティングのノーギアとフルギアもこれらと同じです。
人は道具を使う事で進化してきました、スポーツも同じです。
しかし道具を進化させるという事は同時に公平性を期すためにルールを細かく決め、ルールを守ったうえで戦わねばなりません。
世の中に本当の意味で公平等というものは無いのかも知れませんがスポーツの現場では出来る限り公平に競わせる、そのために審判もTCもいる。
そんな事を考えさせられました。
また人の身体能力という面から見ればあまりにも道具が進化してしまうと逆に退化していくという考えもあるかも知れません。
スポーツの面から見ると道具は頼るものではなく自分の能力を引き出すために使うものと考えなければ自己の成長を止めてしまうのかも知れません。
話を戻しますが、ノーギアとフルギアどちらが良いとかいうものではなく、ノーギアに向いている選手もいればフルギアに向いている選手もいて、勿論両方でトップに立てる選手もいるでしょう。
今回初めてじっくりフルギアの試技を見て感じたのは、確かにノーギアがそこまで強くなくてもギアの特性を上手く生かせば自力で負けていても試合では逆転できる可能性もあるのでしょう、しかしそういう選手の試技はやはり安定感が無く、どこかギャンブル性を感じる試技になるように思えました。
特にスクワットとベンチプレスは傍から見ていると、少しでもコースを外してグラつくと一気に倒壊するように潰れてしまうので非常に危なっかしく見えます。
その反面、恐らくノーギアが強い選手の試技はとても安定していて危な気を感じません。
今回の大会(すいません2日目しか見ていませんので)で言えば荒川選手や阿久津選手の試技はとても安心して見ていられました。
最後になりますが冒頭で書いた事とも通じますが、個人競技であるパワーリフティングも突き詰めれば仲間の支えが必要です。
フルギアに至っては恐らく一人では練習もなかなかできないでしょうし、セコンドも普段からニーラップを巻いてもらったり、練習であがっている重量などを理解している間柄でなければ頼めるものではありません。
そう言った意味では団体競技であり最後の表彰式でのクラブ対抗団体戦の表彰をもっと価値あるものに出来ないかなとも思いました。
これで私の審判経験は11ヶ月(今コラム執筆時点で)で審判経験は5試合、うち3試合がパワー三種、2試合がベンチプレス大会、2試合で主審を経験しています。
規定に則ると残り13ヶ月の間に3試合を経験すれば2級審判への昇級試験を受けられることになります。
まだまだ道のりは長いですが、今年度もコツコツ経験値を積み上げながらも感じた事や新たな発見を皆様と共有出来ればと思います。
今月もお付き合いいただき有難う御座いました。
コラムニストやコラム内容についてのメッセージは下記のアドレスまでお送りください。
コラム用メールアドレス: column@sbdapparel.jp
※どのコラム宛かを明記してください。
※お送りいただいたメールの内容は、コラムで取り上げられる事があります。
■コラム執筆者
佐名木宗貴
ベスト記録(ノーギア)
スクワット 245kg
ベンチプレス 160kg
デッドリフト 260kg
戦跡
パワーリフティング
・全日本教職員パワーリフティング選手権 90kg級 優勝
・2009~2012年 近畿パワーリフティング選手権 4連覇 75・82.5・83・90kg級4階級制覇
・一般男子83㎏級スクワット日本記録樹立
・ジャパンクラッシクパワーリフティング選手権大会 83kg級 準優勝
・アジアクラッシクパワーリフティング選手権大会 83kg級 優勝
・東海パワーリフティング選手権大会 93kg級 優勝
・2018年世界クラッシクパワーリフティング選手権大会 マスターズⅠ83㎏級 5位
・2018年日本クラシックマスターズ83㎏優勝
・2018年香港国際クラッシクインヴィテーショナル大会 マスターズⅠ83㎏級 優勝
・マスターズⅠ83㎏級スクワットアジア記録樹立
・2019年世界クラシックマスターズ93㎏6位
ボディビルディング
2000~2001年 関東学生ボディビル選手権 2連覇
2000年 全日本学生ボディビル選手権 3位
2011年 日本体重別ボディビル選手権70kg級 3位
2011年 関西体重別ボディビル選手権70kg級 優勝