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SBDコラムニストの佐名木宗貴です。
このコラムが掲載される2019年10月末日はちょうど現在日本で行われているラグビーワールドカップの3位決定戦と決勝戦の直前かと思います。
このコラムをご覧になっている方々の多くは恐らくバーベル競技者やウエイトトレーニング愛好家の方が多いと思いますが、連日テレビやインターネットを通じて報道される日本代表の活躍を目にしてラグビーというスポーツが好きになった方も多いのではないでしょうか?
残念ながら準々決勝で南アフリカ代表に敗れはしましたが日本ラグビー史上初のベスト8進出はここまでの歴史を考えると大成功と言って良いと思います。
私が初めてラグビーというスポーツに携わるようになった20年前にはまさか日本がスコットランドやアイルランドに勝つなんて…
いやいやその前にサモアに勝つ事自体が想像出来ませんでした。
サモアと言えばトンガやフィジーと並ぶ南太平洋の強豪国で、自国の代表だけでなくニュージーランドやオーストラリア、イングランドやアイルランドなどの強豪国の代表に多くの選手を輩出するラグビー界では有名なアスリートファクトリーのような国です。
当然日本の大学や社会人チームにも多くのサモア・トンガ・フィジー出身選手が所属し、その中から日本代表となった選手も沢山います。
そのなかでもトンガは40年近く前から多くの選手が日本にラグビー留学生として来日し第1回のワールドカップから日本代表として活躍しています。
実は私とラグビーとの関りを作ってくれた高校ラグビーのチームも当時はトンガからの留学生を受け入れるチームでした。
当時はまだ留学生選手に対する理解も今ほどは無い時代で、彼らにとって良い環境ではなかったかも知れませんが、彼らが色んな苦労をして頑張ってくれたおかげで、多くの後輩達が日本代表となり、また日本の高校ラグビーや大学ラグビーのレベルが上がる事で日本人選手のレベルも上がり今の成功に繋がったのだと私は思います。
今現在の日本代表は勿論ですがこの成功に至るまでの土台となった全ての選手・コーチ・関係者に「感動をありがとう」と言いたいと思います。
さて前回の4年前もそうでしたが、今回はそれ以上のラグビーブームがこれから訪れると思います。
「ラグビーを始めてみよう」と思う子供も増えるでしょうし、「子供にラグビーをやらせてみよう」というお父さんお母さんも増えるでしょう。
そこで51回目となる今回のコラムはこれからラグビーを始める人のための体力づくりとウエイトトレーニングの導入時期、それに纏わるコーチングポイントについて考えてみたいと思います。
【ラグビー選手に求められる体力要素】
あまり最初から危険だ危険だと言いたくは無いのですが…
それでも前置きとして言うべき事なので書きますが、ラグビー選手が身体づくりを行う目的の一丁目一番地は間違いなく怪我の予防です。
皆さんもテレビやネットを通じて御覧になった通りラグビーは怪我をしない方がおかしいと言うほど激しく身体をぶつけ合う危険なスポーツです。
そのため「ラグビーを楽しむためには頑丈な身体が必要」というのが大前提です。
そのうえでラグビーに求められる体力要素を簡単に解説してみます。
とはいえワールドカップの試合を観て「この要素は必要ないな」と思うものを見つけられた人などいないでしょう。
つまりラグビー選手は
「デカくて強くてタフな人がすばしっこくて速い」
のが理想なので簡単に言ってしまうと「全部」という事になってしまいます。
※昔は「ラグビーは15人それぞれに役割があるから足が遅くても小さくてもみんなにポジションがある」とよく言っていましたが現在はルールも色々変わってゲームもよりハイテンポで激しいものに変わってきています。
その中でも優先順位をつけていくとするのなら先に記した通り、まずは自分自身の身体が壊れないようにするために筋肉量(体重)とパワーを獲得するのが優先で、そのうえでスピードやアジリティ、クイックネスが必要でそれらを40分×2セット(高校は30分×2、中学は20分×2)クオリティ高く続ける事が求められます。
その為には勿論持久力が求められるわけですが、単純に長距離走を走る事が出来る心肺機能とスタミナがあれば良いのかというとそれだけでは不十分で、どちらかと言うと無酸素運動をどれだけ短い休息で繰り返す事が出来るかというような、間欠性持久力の方が重要であると言われています。
イメージが難しいかも知れませんが、年末にテレビでよく見る何でもありの総合格闘技で激しく組み合ったり投げたり殴り合ったりするような局面があると思いますが、あれを10秒ぐらいやっては走って移動して、また別の場所でやっては走って…を80分間続けるというような感じです。
【壊されないためにvs動きのパフォーマンス】
ラグビー選手の身体を作るプログラムを考える際にS&Cコーチは常に矛盾と戦います。
「筋肉で体重を増やしてデカくすればスクラムやブレイクダウン、コンタクトプレーでは優位に立てる」
「しかし身体が重くなり過ぎて動きが鈍くなってはコンタクトが起きる前にスピードについて行けないし、80分間走る事が出来ない」
「デカくしなければならない。でも走れるようにもしなければならない」
この両方を求められる中で課題に沿った年間計画を立てトレーニングを進めながらも、その都度測定や試合でのパフォーマンスを評価し優先度の修正とプログラムの調整を繰り返します。
よくS&Cコーチ同士で話をするときに
「ラグビーS&Cを経験しておけば他のスポーツにも行ってもだいたい対応出来るよな…」
こんな会話をするぐらいラグビーチーム、或いはラグビー選手にトレーニングを指導する事は難しいのです。
【年代別の優先順位】
他のスポーツでも言える事ですが、小学校の間はまず楽しく出来る事を最優先にスキルを習得する中で体力が培われるように工夫をするのが良いと思います。
ラグビーだけに限らず色んなスポーツやミニゲームを楽しくやって脳神経系を鍛え「身のこなし」や「センス」と呼ばれるもの、敏捷性や俊敏性を養いましょう。
その過程で筋力やスタミナも鍛えられるかも知れませんが、この世代の身体の成長には個人差がかなりあります。
成熟が早い子もいれば遅い子もいるのです。
ですので、この年代で背が高いとか低いとか、身体が大きいとか小さいとか、足が速いとか遅いとか、体力面での優劣を気にしても仕方ありません。
気にしてもあまり変わりませんからそこを厳しく言っても子供が可哀想なだけです。
周りの大人もそれを理解して接する事が必要です。
「なんであんたは足が遅いのよ!」
「小さいんだからもっと食べて大きくなりなさい!」
それは子供のせいではありません。
そして一番大切なのは怪我をさせない事です。
この年代で怪我ばかりさせてスポーツ自体が嫌いになってしまったりスポーツが出来ない体になってしまったりしたら本末転倒です。
「もっと走れ」とか「もっと強くなれ」と言う前に
「楽しんでるか?」「今日も楽しかったか?」と聞いてあげて自分のセッションが楽しいのかどうか?
子供を引き付けるものだったかどうかを気にした方が良いと思います。
中学校に入ってからも基本的には同じですが、より呼吸循環器系の発達を意識したトレーニングを導入していきましょう。
つまりランニングなどの持久走や有酸素運動を増やすという事です。
ラグビーで言えば400m走や1km走、またはシャトルランなどが有効です。
先に述べた間欠性持久力という観点から言えばリピートスプリントなどのインターバル走も良いと思います。
しかしこれらもやり過ぎると怪我に繋がりますので計画性を持って段階的に負荷を上げていく必要があります。
無計画に走らせたり、何かミスをした事に対する罰として走らせるなどして
「走る=罰」
「走る⇒走らされる」
という印象は与えないように心がけましょう。
以前のコラムでも述べた通り
中学生からウエイトトレーニングを導入する事は非常に有効ではありますが、あくまで高校に入ってから本格的なウエイトトレーニングを開始するための土台作りをする時期であり、ここで何かが完成するとか勝ち負けを意識した体力作りをする必要はありません。
無理やり追い込んだり、何かの罰で延々と自重でスクワットや腕立て伏せを反復させたりするべきではありません。
そんな事よりも「身体づくりをする意味」を教えて自発的に身体を鍛えようとする意識を芽生えさせることが必要です。
怪我の予防は勿論の事ですが、実際の競技動作、特に姿勢にフォーカスしてウエイトトレーニングのフォームを重視する意識を植え付けましょう。
(例)タックル姿勢 ⇒ 腰を落として踏み込む、頭を下げない ⇒ スクワットやランジでも前を向いて背中を真っ直ぐに意識
ボールをジャッカルする姿勢 ⇒ ベントオーバーローイングで背中を真っ直ぐ、お尻と太腿の裏で踏ん張りバランスを取る
ウエイトトレーニングの基本姿勢と競技動作の類似点を示し、正しい姿勢の学習とその姿勢をキープする能力を養いましょう。
高校をもしもラグビーで選ぶのであればやはりS&Cコーチのいるチームを選ぶべきです。
それも週に1回とか月に数回のスポットではなく、最低限週に3回以上定期的に指導が受けられて身体作りが計画的に行われているチームを選ぶべきです。
この計画的にというのはウエイトトレーニングだけが計画的という意味ではなく、先に記した通りラグビーに必要とされる体力要素は多岐に渡るのでウエイトトレーニングとその他のフィールド上でのトレーニング(スピード、アジリティ、クイックネス、フィットネスなど)とのリンクが重要です。
※ラグビーでは持久力系トレーニングの総称としてフィットネスという単語を使います。
そのためウエイトトレーニングも沢山ある体力強化ツールの一つにすぎません。
体力作り全てを計画的にリンクさせて実施出来ているかどうかを見れば良いチームかどうかが分かります。
そうではないチームに入った場合は自分で管理していくしかありません。
その場合、最優先はやはり怪我を予防する事です。
特に大好きなラグビーが出来ない身体になってしまう危険のある頚部や頭部など脊椎に関わる怪我や長期離脱に繋がる肩や膝の怪我を予防するためのトレーニングを優先しましょう。
以前のコラムで頚部のトレーニングについても紹介していますので参考にしてください。
勿論トレーニングだけさえやっておけば怪我が防げるのではありません。
そこにスキルが伴っていなければ体重が増えてパワーも増えてコンタクトのインパクトが増す分、怪我のリスクを高める事になってしまいます。
体力の向上は必ずそれに見合った技術面の習得と並行して行われるべきです。
試合や練習で怪我をして「なんで筋トレしてるのに怪我をするんだ」と考えるコーチがいたとしたら、それは増えたパワーに見合ったスキルをコーチング出来ていないコーチのせいです。
怪我を予防するためのトレーニングと言っても非常に細かく「これだけやってればいい」と無責任に言えるものは無いのですが、もしも誰にも教わらず始めるのであれば、最初から沢山の種目に手を出そうとするのではなく、少ない種目に絞って繰り返し行う方が効果的です。
その際はフリーウエイトの複合関節種目を選択しましょう。
1つの種目で沢山の筋肉を動かし固定し支えバランスを取る種目です。
スクワット・デッドリフト・フォワードランジ・ベンチプレス・チンアップ・ベントオーバーローイング・ショルダープレスなど
まずは最低限これらが含まれるプログラムからスタートしてみて下さい。
当然正しいフォームで行わなければ怪我予防にはなりませんので、最初はフルレンジをコントロールして行う事が出来る重量から開始して徐々に重量を増やすようにしましょう。
【子供のラグビーにもS&Cコーチを】
20年前、私が高校ラグビーのチームにウエイトトレーニングを指導し始めた頃はまだ他校の指導者の中には「高校生がウエイトをすると怪我をする」「身体が硬くなる」「身長が止まる」「ラグビー用の筋肉がつかない」等というよくわからない理由からウエイトトレーニングに否定的な意見も沢山聞かれました。
20年経った今では恐らくウエイトトレーニングをしない方が良いと本気で思っている指導者はかなり減ったと思います。
これは成功を収めた日本代表や大学選手権で連覇を続けたチームなどの取り組みがメディアを通じて取り上げられたお陰だと思います。
その一方で小学生や中学生に対してはまだどんなトレーニングが必要で何をするべきか?
情報も少なく現場にはあまり反映されているようには思えません。
トップリーグや強豪大学、花園の常連校などには当たり前のようにプロのS&Cコーチがいるという環境が整いつつあるのですが、選手の発育発達にバラつきがあり体力面のコーチングをする事が最も難しい小学生や中学生がプロのS&Cコーチから指導を受ける機会は殆ど無いのではないでしょうか?
「あいつはセンスがある」「天性の身のこなし」なんて言葉はよくコーチの口から出てくる言葉で
逆に「あいつはセンスが無い」「運動神経が悪くどんくさい」これもよく聞こえてくる言葉です。
しかしセンスや身のこなしを身につけるためのアプローチをしてくれるコーチはあまり居ません。
センスは待っていても空から降りてくるものではありません。
小さい子供の頃に夢中で燥ぎはしゃぎながら身体を動かす事で育まれるものです。
私は若年層のコーチング現場にこそS&Cコーチの力が必要なのではないかと考えています。
またそれが出来るラグビーS&Cコーチの育成も必要ではないかと思っています。
子供を教えるのは本当に大変ですが、将来の日本代表を夢見る子供たちが安全にラグビーを楽しみながら能力を開花させるような環境づくりをS&Cコーチの立場から作っていきたいと思います。
■コラム執筆者
佐名木宗貴
ベスト記録(ノーギア)
スクワット 245kg
ベンチプレス 160kg
デッドリフト 260kg
戦跡
パワーリフティング
・全日本教職員パワーリフティング選手権 90kg級 優勝
・2009~2012年 近畿パワーリフティング選手権 4連覇 75・82.5・83・90kg級4階級制覇
・一般男子83㎏級スクワット日本記録樹立
・ジャパンクラッシクパワーリフティング選手権大会 83kg級 準優勝
・アジアクラッシクパワーリフティング選手権大会 83kg級 優勝
・東海パワーリフティング選手権大会 93kg級 優勝
・2018年世界クラッシクパワーリフティング選手権大会 マスターズⅠ83㎏級 5位
・2018年日本クラシックマスターズ83㎏優勝
・2018年香港国際クラッシクインヴィテーショナル大会 マスターズⅠ83㎏級 優勝
・マスターズⅠ83㎏級スクワットアジア記録樹立
・2019年世界クラシックマスターズ93㎏6位
ボディビルディング
2000~2001年 関東学生ボディビル選手権 2連覇
2000年 全日本学生ボディビル選手権 3位
2011年 日本体重別ボディビル選手権70kg級 3位
2011年 関西体重別ボディビル選手権70kg級 優勝