皆様こんにちはSBDコラムニストの佐名木宗貴です。
今月もご覧頂き有難う御座います。
実は今月のコラムは【アジアパシフィック選手権@台湾高雄 参戦記 前編】とする予定で途中まで準備をしていたのですが中国の武漢で流行した新型肺炎が世界中に広まっている関係でアジアパシフィック選手権が延期となってしまいましたので急遽内容を変更する事となりました。
先月のコラムでも書いた通り、昨年末から怪我を酷使しつつ計画的にトレーニングを進め、スクワットの調子も良く、デッドリフトもフックグリップの習得により自己ベストが出せるのではないかという期待を胸に「さぁここから最終調整だ」と準備していたところだっただけに残念な気持ちでいっぱいです。
延期の発表があってから暫くは気持ちの整理が出来ず、意欲も低下しトレーニングをサボってしまう事もあったのですが、今は気持ちを切り替えてまた次の目標に向けてトレーニングを再開しています。
延期が発表されたアジアパシフィック選手権ですが、一時は大会自体が中止になってしまうのではないかと思われましたが8月上旬に開催される見通しである事が発表されました。
しかし8月上旬の予定を現段階で確定させる事が出来ないので、一旦アジアパシフィックへの参加は保留として、4月末に南アフリカで開催される世界マスターズ選手権にもエントリーしました。
また仮エントリーなのでここからの調整の進み具合や新型肺炎問題の進展などを総合的に判断したうえでどちらに出場するかを考えていきたいと思います。
ご報告①:ジャパンクラシックベンチプレス選手権大会
それでは今月もご報告からとさせていただきます。
1月25日~26日に三重県の津市で行われたジャパンクラシックベンチプレス選手権大会に私が代表を務めます「関西大学S&C」と監督を務めます「関西大学学生S&C」より合計3名の選手が出場いたしましたので結果を報告させていただきます。
初日
74㎏級 3位 宮本佳樹(関西大学社会安全学部2回生)
155㎏ 成功
165㎏ 成功
175㎏ 失敗
関西大学学生S&C2回生の宮本が一般の部で3位に入賞しました。
一昨年のジャパンクラシックベンチではジュニア66㎏で3位となりアジアベンチプレス選手権(@モンゴル)に選出されていながらも学校行事のため出場出来ず、日本記録を狙って出場した11月のジャパンクラシックパワーではベンチで三振失格。更に11月末のジャパンクラシックベンチのジュニア部門にはエントリー忘れで出場出来ず…と2019年度は何かと災難続きの宮本でしたが最後に結果を残してくれました。この勢いでアジアパシフィック選手権も優勝と行きたかったのですが今度は延期…2020年度は良い年になる事を祈ります。
2日目
105㎏級 15位 中西正樹
150㎏ 成功
155㎏ 成功
160㎏ 成功
関西大学レスリング部コーチで元ボディビルダーの中西くんが昨年の近畿ベンチでジャパンクラシックベンチの標準記録を突破し悲願の初出場となりました。今大会も手堅く2本をとり第三試技は自己ベストの160㎏に挑戦し見事に成功させました。
仕事・子育て・レスリングコーチと多忙を極める彼ですが2020年も奥さんに怒られない程度にバーベルに向き合ってくれるでしょう。
120㎏級 6位 和久憲三
205㎏ 成功
210㎏ 成功
215㎏ 失敗
このコラムでも度々登場している関西大学アメフト部コーチの和久憲三。アメフト部コーチの終業時間は夜遅く大学のジムでなかなかトレーニング出来ないので深夜のエニタイムでコツコツ頑張っての出場です。「エニタイムのパワーラックで170kgが10発あがったら試合では210kgあがると思うんですよね」という謎の換算値を持つ彼ですが見事に第二試技で210㎏を成功させ第三試技はタッチ&ゴーでしかあげた事のない215㎏へ挑戦。2/3まであげたところで止まり粘れず潰れてしまいました。
「ちょっとぐらいブリッヂ組んでみたら?」とアドバイスしてみましたが「僕のイメージの中では思いっきり背中反ってるんですよ」と…まだまだ伸びしろを感じるコメントをもらったので2020年も期待したいと思います。
ご報告②:雑誌への掲載
次に私事ですが今年に入ってから複数の雑誌などに取材していただきインタビュー記事として掲載されておりますので少し宣伝させてください。
①コーチングクリニック2020年3月号
②トレーニングマガジンVol.67
こちらの2誌では主に私が監督を務めます関西大学学生S&Cについて設立の経緯や活動内容について取材していただき、非常にわかりやすく纏めて頂いています。もし皆様の周りに私たちの活動に興味のある高校生がいらっしゃれば一読いただけますようお勧めいただければ幸いです。
③月刊ボディビル2020年3月号
こちらは私が個人的にサポートしている村上君との師弟対談記事として取材していただいています。私のボディビルに対する思いや選手との関係性、指導スタイルなどが対談形式で関西弁そのまま記事になっていますので興味のある方は是非ご覧いただければと思います。
④トレーニングジャーナル2020年3月号
こちらはS&Cコーチとしてのここまでの活動やボディビルやパワーリフティング競技者としての活動をどのようにしてS&Cのコーチングに活かしているのかなどをインタビュー形式で掲載していただいています。S&Cだけでなくパーソナルトレーナーとして活動する競技者の方にとって何か一つでも参考になるコメントがあれば幸いです。
⑤Atleta通信 #6
こちらは関西大学ラグビー部が普段のコンディション管理のために使っているAtletaというアプリの活用事例として取材していただいたもので「アスリートとして正しく生きているか」という切り口でコンディションを管理する大切さやアスリートとして自立する事の教育的な意味について語っていますので興味のある方はご覧いただければと思います。
名S&Cコーチが問う。”アスリートとして正しく生きているか”
アンチ・ドーピングとスポーツの価値
それでは今月の本題に入ります。
冒頭で記した通り、今月はアジアパシフィック選手権に向けた調整について書こうと思っていたので途中で構想が変わり「何書いたらええねん」と途方に暮れました。
そんな中、ついに禁断のテーマについて踏み込まなければならない時なのではないかと考えました。
何度も書きかけて「やっぱやめとこ」と中断していたテーマ。
それはアンチ・ドーピングについてです。
ちょうど1年前のコラムでは私自身がドーピングチェックの対象となった事からその体験記を書きましたが私自身、普段の仕事でも選手のドーピングチェックに付き添ったり、使用可能薬やサプリメントについての相談や管理を任される事もあり「アンチ・ドーピング」は身近な問題として存在しています。
また皆さんご存知の通り私はボディビル競技出身のパワーリフターです。
ボディビルディングの世界では昔から所謂「プロ」というカテゴリーがアマチュアの上位カテゴリーとして存在し、その中では暗黙のルールとしてドーピングについては不問とする風潮がありました。
現在ではこの「プロ」部門についてもアンチ・ドーピングを掲げる「スポーツとしてのボディビルディング」を行う団体と「エンターテイメント、ショーとしてのボディビルディング」を行う団体とに分かれ、更に複数の団体やその下部組織が存在すると認識しています。
また現在私が行っているパワーリフティングもWADA(世界アンチ・ドーピング機構)に加盟する団体としては陸上・ボディビル・自転車・重量挙げに次いで5番目に違反者の多い競技と言われています。
このような背景から公私共にドーピングについては実話から噂話レベルのゴシップまで色んな情報が飛び交う環境に身を置いてきました。
ドーピングが良い事か悪い事か?
競技にさえ参加しなければOK?
本当に自己責任の範疇で済む問題なのか?
色んな意見を言う人はいるでしょう。
そのレベルの議論をこのようなWEB上の発信でしようとは思いません。
勿論私は絶対にしません。させません。許しません。関わりたくありません。生理的に無理です。
しかし私も人の世を全て知り尽くした仙人ではありません。
理解できない事は沢山あります。
そこでここでは教育現場に身を置く者としての考えと、現場で考える「スポーツの価値」からアンチ・ドーピングについて考えを書きたいと思います。
スポーツの価値とは何ぞや?
スポーツの価値を高める
スポーツの価値を守る
スポーツの価値を損なわぬように
スポーツの価値を学び
このような使い方をされる「スポーツの価値」という言葉ですが、そもそもスポーツの価値とは何なのでしょうか?
個人的な価値、社会的な価値、本質的な価値、手段的な価値、などスポーツをやるのか?見るのか?あるいは支えるのか?
スポーツにどの角度から接するのかでその価値も様々でしょう。
では私が普段接している大学生アスリート達に同じ問いかけをしてみたらどのような答えが返って来るでしょうか?
実際にジムでトレーニングをしていた20~30人ほどの大学生アスリート達に「あなたにとってスポーツの価値とは何ですか?」と唐突に質問してみたところ以下のような答えが返ってきました。
・心身の成長
・人々を感動させる
・健康であるための要素
・人間形成の一つ
・居場所
・青春
・チームワーク
・人間性を磨く場所
・集団行動を身につける
・人生の一部
・人格形成
・かけがえのない時間
・仲間づくり
・自己の成長
・ステイタス
・親への恩返し
・痛みを知ること
・感謝の気持ち
・人との繋がり
ほんの20分程度でざっとこのぐらいの回答が集まりました。
流石は本学の生徒です(笑)
競技スポーツとして取り組む若者の意見としては標準的な回答ではないでしょうか?
「何か共通点は無いかな?」と思いながらこれらを見ているとパッと気が付く事があります。
そう「人」という文字が沢山あります。
そしてその次に「成」という文字も多いです。
「人」とはつまり「人間」
「成」は「出来上がる」「仕上がる」「変化する」と読み取れます。
つまりこれらから考察するに彼らが感じるスポーツの価値の一部には「人間を成長させる」「人格を育む」といった要素がある事が分かります。
なぜスポーツが人格を育み、人間を成長させるのか?
ではなぜスポーツは人を内面からも外面からも成長させるのでしょうか?
この疑問をまた別の日に、同じくジムにたまたまいた大学生アスリート達にぶつけてみたところ以下のような回答がありました。
・困難を乗り越えるから
・辛い事に耐えるから
・身体が強くなるから
・自分に自信が付くから
・達成感と向上心
・人との関りが増えるから
・他人を思いやるから
・助け合うから
・勝ったり負けたりを繰り返すから
・ルールや決まりを守るから
・準備をするから
・他人を尊敬するから
・弱い人を守るようになるから
・自分が強くなると優しくなるから
・しんどい事を楽しめるようになるから
これらを見ていると要するに人生で長い年月をかけて色んな苦労をして得られる体験や学習され積み重ねていく経験を、スポーツを通じて多く学ぶことが出来るという事なのではないかと考えました。
挑戦して、失敗して、成功して、挫折して、達成して…
何度も何度も繰り返す事が出来るというのが、スポーツが人を成長させる要因なのではないかと考えます。
人を成長させるという事は?
前記した大学生達の回答でもあるように、スポーツを通じて成長した人間は
人と関わり、他人を認め、尊敬し、尊重し、助け合うようになります。
そしてその関係を守るためにルールを守る規律を学びます。
私はこれを「社会性を育む」という言葉で表現します。
つまりスポーツで成長した人材は社会を作り、社会を守る人材となりえる。それがスポーツの本当の価値ではないかと考えます。
スポーツによる人づくりは、より良い社会を作る事に繋がるということだと思います。
ドーピングをすると…
それではこれらのスポーツで得られる体験・経験を通した人間としての成長ですが、その過程でドーピングをしてしまうとどうなるでしょうか?
本当に成長できるでしょうか?
社会性を身につける事が出来るでしょうか?
より良い社会を作る事に貢献する人材となりえるでしょうか?
ドーピングをするという事は、最初に申し上げた「スポーツの価値を損なう」という事に繋がるのではないでしょうか?
大学生達のコメントともう一度照らし合わせてみましょう。
・困難を乗り越えるから ⇒ 薬を使って乗り越えていませんか?
・辛い事に耐えるから ⇒ 薬を使って耐えていませんか?
・身体が強くなるから ⇒ 薬を使って強くなっていませんか?
・自分に自信が付くから ⇒ 薬で自信をつけていませんか?
・達成感と向上心 ⇒ 薬を使って達成して止められなくなりませんか?
・人との関りが増えるから ⇒ 秘密を隠したまま関われますか?
・他人を思いやるから ⇒ 他人を欺いていませんか?
・助け合うから ⇒ 他人を出し抜いていませんか?
・勝ったり負けたりを繰り返すから ⇒ 負ける事を恐れて薬を使っていませんか?
・ルールや決まりを守るから ⇒ ルール違反ではありませんか?
・準備をするから ⇒ 薬も準備していませんか?
・他人を尊敬するから ⇒ 後ろめたさはありませんか?
・弱い人を守るようになるから ⇒ 薬が無くても守れますか?
・自分が強くなると優しくなるから ⇒ 薬が無くてもなれますか?
・しんどい事を楽しめるようになるから⇒ 薬が無くても楽しめましたか?
競技という枠内で考えてもルールを守らず、相手や仲間を欺き、それで勝利や高記録だけを得てもそれは人間としての成長とは呼べないでしょう。
まとめと注意
今回お話させて頂いた中で何度も書いた「ドーピング」という単語ですが、今回の場合は市販薬や処方薬、あるいはサプリメントに混入していたというような所謂「うっかりドーピング」の事を指すのではなく、あくまで「意図的なドーピング」について書きました。
現在JPA(日本パワーリフティング協会)でも行っているアンチ・ドーピング講習会などでは「うっかりドーピング」を防ぐための情報は非常にしっかりと伝えられていますし、インターネットでも最新の情報が得られるようになっています。
その反面「意図的なドーピング」に対してはあまり積極的な防止策がなされているとは思えません。
アンチ・ドーピングというのはスポーツ界のルールです。ならば「意図的なドーピング」を防ぐための対策もスポーツ界として講じなければならないと思います。
アスリートを教育する立場の指導者はルールを守ること、ルールを守らせることについて人間の本質的な成長を促すよう指導すべきです。
それが「スポーツの価値を守る」事に繋がり、あなたの愛するスポーツの価値を高める事に繋がるでしょう。
最後に、薬物を使用して筋肉を大きくしたり筋力を向上させたりする行為自体は違法ではないため競技会にさえ参加しなければOKだという考え方を発信される方もいるようです。
確かに法律的にはその通りです。
ただ私が勘違いして欲しくないと思うのは、ルールの無い世界で行われる肉体改造行為は「スポーツ」ではないという事です。
美容整形や若返りのためのホルモン治療、あるいは性転換のための手術やホルモン投与など、様々な理由から「なりたい自分になる」ための手段として自己の責任の元、医療行為や薬を使用する事に対しては全く否定するつもりは御座いません。
しかしスポーツではない。
私はそう思います。
文:佐名木宗貴