▲東京大学ボディビル&ウェイトリフティング部の部員達と
ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。東京大学ボディビル&ウェイトリフティング部の久恒歩です。
いつもコラムをご覧いただきまして、誠にありがとうございます。これまで半年にわたってコラムを執筆させていただきましたが、私自身が来月から社会に出るにあたって、私の執筆させていただくコラムは今回が最終回となります。
皆様もご存知のように、今月に開催予定であったジャパンクラシックパワーリフティング選手権大会(以下「JCP」)は残念ながら新型コロナの影響で延期となってしまいました。
私自身はこの大会をこれまでのパワーリフティング競技生活の集大成と考えていたため、0.5kgでも良い記録を出すことを目標に、これまでの競技経験を最大限に活かして準備しておりました。
今回の記事も本来はJCPを踏まえての内容にする予定でしたが、叶わぬこととなってしまいました。そこで今回のコラムは、私の執筆させていただく最後の記事であることを踏まえ、初回のコラムで紹介させていただいた「8レップ×3セットの練習法」に関して、私自身がこれまでの経験から実感した、その弱点や改善策などを紹介させていただきたいと思います。
「8レップ×3セット」の練習
初回のコラムでも紹介させてただいたように、スクワット・ベンチプレス・デッドリフトのいわゆるBIG3の練習方法として、私の所属する東京大学ボディビル&ウェイトリフティング部では代々、8レップ×3セットをメインセットとしています。
そして各種目ごとに、ある重量で8レップ×3セットが完遂したら次回から2.5kg上積みすることを繰り返すことで、各選手ごとに記録の向上を目指して練習に励んでいます。私自身もこの練習方法を基本として、1週間の中でスクワットとデッドリフトを1日ずつ、ベンチプレスを2日の、合計で週に4日程度の頻度で練習してきました。
様々なバリュエーションを加えつつもこの3年間、原則上記の方法で練習してきたことについては、競技を初めてから3年間という比較的競技歴の浅い時期の練習としては間違っていなかったと自負しております。8レップ×3セットという比較的低重量を扱う練習を行うことによって、練習中に潰れることや体に過剰な負荷がかかることを極力避けることができました。
その結果、私はこの3年間、怪我や痛みなどによって練習に支障が出ることが一切なく、競技を続けることができました。「練習を続けられる」ということは、スポーツ競技者にとって、試合での勝敗や記録以上に最も重要なことであるため、東大B&W部の後輩達には常に「怪我をしないこと」を意識して練習に取り組んでほしいと考えています。
またパワーリフティングで強くなるためには、「階級に見合った筋量をしっかりつけること」と「筋出力をあげること」の両者が必要であると考えます。「階級に見合った筋量をつける」という点において、しっかりと筋肉を追い込むことができる低重量×高レップの練習は効果的であったと考えています。
私の場合、競技を始めてから1年半は8レップ×3セットでしっかりと追い込んで練習をして、階級にとらわれずに体重を気にしないでガンガン食べていたため、当時は体重が70kg程度あり、学生大会では減量して66kgに出場するのがやっとといった感じでした。
今振り返ると、その期間に体重を気にせず8レップ×3セットの練習をやり込んだことで、怪我もせずにしっかりと筋肥大をすることができ、それが現在の私の記録の基礎になっていると思っています。
ただし去年のJCPから現在までにかけて、8レップ×3セットの練習方法だけでは記録がなかなか伸びなくなったことも事実です。その理由として、59kg級で戦うことを決め体重を維持するように努めていたことが考えられます。そして、競技歴が長くなるにつれて、8レップ×3セットの練習だけでは不十分であると感じるようにもなりました。以下において、私自身が実感した低重量高レップの練習の不十分な点と、その弱点を補うために試した練習方法等を、種目別に紹介させていただきます。
スクワット
私が実感した低重量高レップの練習における弱点の中でスクワットに関するものとして、「高重量に体が慣れていない」ことがあげられます。すなわち練習での重量と試合での重量にかなり差があるため、試合で挙げる重量になると、体がバーベルをうまくコントロールできないという経験がありました。特にしゃがむ動作中に体が重量をしっかり受け止めきれず、膝が前に出過ぎたり、足の裏への重さのかかり方が不均等となり、その結果バランスが取れず十分に力を出しきれないということがありました。特に59kg級に減量した直後は体型が変わったためか、特にしゃがむ際の体の使い方やバランス感覚がかなり変わってしまいました。
これを改善するために、私は普段の練習では一切ニースリーブを使用しないようにしていました。低重量の練習でニースリーブを使用すると、多少いい加減なしゃがみ方になってもボトムでニースリーブが反発してくれるおかげで、練習をこなせてしまいます。しかし、それでは高重量を持った時にも通用するフォームが身につかないと考えています。
そのため、普段の練習ではニースリーブを使用せずに自分の体でしっかり重量を受け止めるように意識し、試合1ヶ月前以降の高重量を持つ時期にのみニースリーブを補強として使用することで、高重量になっても重量をコントロールできるようになりました。
スクワットにおいては3種目の中でも最も、「高重量に体が慣れていない」という問題を実感していたため、試合前の時期においても他の2種目よりも早めに1発上げにシフトするようにしていました。最近はフォームも安定し、多少の重量であれば潰れることはないため、試合の第一試技程度の重量を、試合前でなくても普段の練習のメインセット後に、ニースリーブをはかないまま上げるようにしていました。
これは「高重量に体を慣らす」という目的もありますが、「試合での不安を無くす」という効果もあると考えています。スクワットは最初に行う種目であり、さらに「深さ」という試技者本人には判定しづらい要素があるため、特に第一試技では多くの選手に不安がよぎると思います。
そのため、試合で第一試技に設定する程度の重量を普段の練習のメインセット後に、しかもニースリーブを履かずに上げているというのは、試合において精神的にかなり楽になる効果があると考えたためです。
ただしこの方法は、メインセット後の高重量ということもあり怪我のリスクも通常の練習より高いので、「フォームをしっかり確立できていること」と「自分の実力を客観的に把握できること」の両方が必要となるため、競技経験の浅い選手が行うことは避けた方が良いと思われます。むしろ競技経験の浅い選手は、怪我のリスクを取るよりも、しっかりと補助種目をやり込んで階級に見合った筋量をつけることを優先した方がいいかと思います。
ベンチプレス
ベンチプレスは私自身にとって苦手種目であり、お恥ずかしながらこの1年間全く記録を伸ばすことができていません。昨年の6月の世界クラシックパワーリフティング選手権大会以降はベンチプレスの記録の停滞を打破するために、5レップのセットやストップベンチなどを練習のメインにすることによって、停滞の打破を試みてきました。しかし記録を伸ばすことはほとんどできず、世界クラシックパワーでの記録が自己ベストとなっており、今回のJCPにおいても同じ記録をあげることを目標としておりました。
このような停滞に陥った理由として、59kgの体重のリミットに対して付けられる筋量が限界を迎えているのではないかと考えています。
我々59kg級の選手は、普段の練習で筋肉をつけて体重を増やしては試合で減量することを繰り返すことで、59kgというリミットの中で少しでも筋量を増加できるように努めていますが体重を増やせる練習期間に重量を伸ばせても、試合前の減量が進むにつれて扱える重量が戻ってしまうことが度々ありました。
そのため、しっかり絞った上でさらに水も抜いて何とか59kg級に出るようになってからは、そこから大幅な筋量の増加は望めません。また世界クラシックパワーの59kg級のベンチプレス(種目別)の表彰台ラインを調べてみると、第2回から去年までの間でほとんど変わらずに140kg付近を推移しています。以上のことからベンチプレスに関しては、体重制限のもとで付けることのできる筋量に記録が大きく影響されると考えています。
したがって8レップ×3セットの練習によってベンチプレスの記録が伸びなくなった要因として、私自身は付けることのできる筋量の限界に近づいたためではないかと考えています。これは裏を返すと、ベンチプレスにおいては8発×3セットの練習は、「筋量を増やす」という点では有効であるが、「筋力を強化する」という点では不十分であると判断できます。
私自身は様々な方法を試したにも関わらず記録の停滞を打破することは出来ませんでしたが、同様に付けられる筋量の限界によって記録の停滞を感じている方には、8レップ×3セットにこだわらず、ぜひ記録を伸ばす方法を見つけていただきたいと思います。
ただ私自身はベンチプレスの記録を伸ばすことについて、パワーリフティングの重量という観点からは、スクワットとデッドリフトに比べるとあまり重きを置いていませんでした。
ベンチプレスは主に上半身の筋肉が必要になるのに対し、他の2種目は背中から下半身にかけての筋肉を使います。そのためベンチプレスに関する部分の筋量を付けるよりもスクワットとデッドリフトに関する部分の筋量を付ける方が、トータル重量の増加は大きくなると考えられます。さらにベンチプレスよりも他の2種目の方が扱える重量が大きく、他の選手と差が開きやすいと言えるでしょう。以上を踏まえると、ベンチプレスの記録を伸ばすことはもちろん重要ではありますが、階級に対する筋量の限界が近づいている選手の場合、パワーリフティングの記録を伸ばすためには、ベンチプレスよりもスクワットとデッドリフトに重きを置くべきであると考えています。
デッドリフト
デッドリフトについては、これまで停滞を感じることもなく順調に記録を伸ばすことができました。去年6月の世界クラシック以前は8レップ×3セットをメインとしていましたが、世界クラシック以降は3レップのセットをメインとしていました。その時に練習方法を変更した理由は記録の停滞によるものではなく、単純に8レップのセットに手の皮が耐えられなくなったためです。しかし今振り返ると、メインセットを3レップに変更したことは正解であったと思います。
メインセットを3レップに変更したことで、デッドリフトの日の精神的な負荷が減り、また肉体的な負荷も減ったのか筋肉痛も軽減しました。また、それ以前はデッドリフトのMax付近の重量になると、浮きは軽いのに返す動作が渋い傾向にありました。しかしレップ数を減らしたことで練習で扱える重量も20kg程度増加し、その結果比較的重い重量でしっかり返す練習が普段から行えるようになりました。その結果、返しが渋いという弱点も解消し、浮きから返しまでスムーズにつなげることができるようになりました。
以上のように、デッドリフトについては練習で3レップという高重量を扱うことのメリットを私自身も実感しています。必ずしも低重量高レップの練習による記録が停滞していたわけではありませんが、手の皮の痛みも含めてデッドリフトであるため、その克服のために練習のレップ数を減らし重量をあげることも一つの手だと考えられます。またデッドリフトは他の2種目と異なり、潰れても体にバーベルの重さがかかり怪我をするリスクがありません。そのため競技歴の浅い選手であっても、比較的練習で高重量を扱いやすい種目であるかと思います。
終わりに
これまで半年の間、私のコラムにお付き合いいただき、ありがとうございました。この1年間、多くの方々に支えられ、世界クラシックパワーやアジアクラシックパワーの2回もの国際大会を経験させていただきました。特に世界クラシックパワーでは、武田選手をはじめ多くの日本選手団の皆様のご協力や応援のおかげで、デッドリフトの第3試技までもつれる順位争いをした上で僅差で表彰台に乗れたことは、パワーリフティング競技における最大の思い出となりました。
今振り返るとあのような熾烈な順位争いをしたのは、あれが最初で最後となってしましましたが、たった一瞬の試技で順位が変わってしまう緊張感こそが、この競技の最大の醍醐味であったように感じます。今回予定されていたJCPで最後になんとしてでも59kg級の日本記録を600kg台に乗せたかったのではありますが、世界クラシックパワーの記録を今後の自己ベストとして持ち続けることになるのは、何かの運命かもしれません。
4月以降は社会人となるにあたってまずは仕事に集中すべく、競技とは一定の距離を置く予定です。とは言え、パワーリフティングを含めてトレーニングが好きであることに変わりはありません。またいつの日にか競技に復活する可能性も考慮して、これからもトレーニングは続けていきたいと考えています。ジム等でお会いした際には、今後ともよろしくお願いいたします。
最後になりますが、これまで大会運営等で大変お世話になった東京都や埼玉県の各協会の方々をはじめ、学生大会に関係する多くの学生選手の方々、そしてこれまで多大なるご支援をいただいたSBD Apparel Japanの皆様など、パワーリフティングに携わる全ての方々に対して、心からの感謝を申し上げます。
そして日本のパワーリフティング競技に関わる皆様の今後の益々の繁栄を祈念いたしております。
文:東京大学ボディビル&ウェイトリフティング部 久恒歩