みなさんいつもご覧いただき有り難うございます。
SBDコラムニストの佐名木宗貴です。
ついさっき2022年が終わったばかりのように感じますが、もうバレンタインデーも終わり、年度の締めを迎えているころかと思います。
私のような大学勤務のS&Cコーチにとっては来る春シーズンに向けての身体づくりのために1年で一番ジムが活気づくシーズンでもあり、新しいキャプテンや主務など新体制となったチーム関係者とミーティングを繰り返す時期でもあります。
さてそんな色んなスポーツの関係者と議論を交わすことの多い時期なのですが、私がスポーツ選手のウエイトトレーニングに関わり始めた1998~1999年頃から今日まで、変わらずテーマに上がる「終わらない問答」が存在します。
それがいわゆる「筋トレって競技の役に立つんですか?」という問いかけに対する答弁です。
【購入か投資か】
このコラムを毎月読んでいただいている方々にとっては、もう既に当たり前のことかも知れませんが、この「筋トレって競技の役に立つんですか?」という問いかけ自体が、かなりウエイトトレーニングに対して理解の浅い層の質問なので、ついつい面倒臭くて
「嫌やったらやらんでええがな」
と答え、このレベルでフィルターをかけてしまいがちなのですが、それでは筋トレの普及啓蒙には繋がりませんので、この段階でしっかりと「競技練習以外」で追加して何らかのトレーニングを課すという意味について説明しておく必要があるわけです。
そしてそれは
「筋トレをすると競技力が向上する」のか?
「筋トレでデカくて強くなった人が競技練習もすると更に幅広い競技力を身につけやすくなる」のか?
この考え方の違いによって説明を受け入れられるかどうかが変わってくるのです。
ウエイトトレーニングによる競技力向上効果については様々ですが、その効果が筋肉量が増加したとか、筋出力が増したという一次的な効果だけで既に体感されるレベルなのか?それとも一次的な効果を体感するレベルは既に通過して、もっと長いスパンで発揮される二次的な効果を体感するに至るレベルなのか?によっても変わってくるのです。
私はこれを学生達には「購入と投資の違い」と説明するようにしています。
例えば私が関わりの深いところでいうと、コンタクト系のスポーツ選手にとっては筋肉量が増加して体重が増すという一次的な効果だけでもかなり競技力の向上にはプラスに働くため、ジュニア世代ではウエイトトレーニングをすることに懐疑的な選手は少ないです。
これはトレーニング効果に対して「購入する」という意識で取り組めているという段階と言えますので「やったらやっただけ伸びるよ~」という感じで接していてもOKです。
しかしある程度、競技に必要な体格と筋肉量の獲得(購入)が終了した段階に進むにつれて
「俺と日本代表の〇〇は身長も体重もあんまり変わらないよな・・・」
「これ以上からだ作りやっても意味はあるのか?」
という疑問を持つ選手が増えてきます。
また筋力的にも
「日本代表の〇〇はベンチもスクワットも俺より弱いらしいで・・・」
「ウエイトって意味あるの?」
というように疑問を深める選手が出てきます。
この段階に来た選手には「やったらやっただけ伸びるよ~」では通用しませんので、ここでは「今は日々の変化が感じられなくとも後で大きく返ってくるからね」という言い方で説明し、ウエイトトレーニングは実は「購入ではなく投資なのだ」と説明します。
つまり足が速くなるとか、ヒットが強くなるとか、怪我をしにくくなるとか、これら二次的な効果とはウエイトトレーニングに先行投資して得た一次的な効果がある程度、積み立てられたうえでもたらされるリターンなのだと説明します。そして長期投資をすることがリターンのブレを最小限にし、更に複利効果を生むのだと説明します。
体重が90kgある人が可能となるプレーは85kgの人には体験できない世界です。
スクワットが200kg挙がる人のプレーは180kgの人には体験できない世界です。
瞬間的に体重が90kgになったとて85kgの時と出来ることは然程変わらないでしょう。
たまたまスクワット200kgに成功したとて180kgしか挙がらなかったときと出来ることは変わらないでしょう。
しかし90kg以上の体重を1年キープしてみましょう。200kg以上のスクワットを1年以上キープしてみましょう。そうすると85kgで180kgを挙げていたときの自分では出来なかったプレーが出来るようになっているはずです。
85kgの時なら倒れていた場面で1秒耐えられるようになっているかも知れません。
180kgの時ならステップで避けなければならなかった相手に対しても、ズラしてあたれば前に出れるという選択肢を持てているかも知れません。
これは長期投資による利益と同じです。
更に1秒長く立っていられるならば倒れるまでに周りの状況を見て、その後の展開を判断することが出来るかも知れません。
ズラして前に出れるのであれば、選択できるパスの方法も広がるかも知れません。
ズラして前に出られるという自信があればステップやキックも有効に使えるようになるかも知れません。
当然倒れるまでに1秒余裕があれば危険を回避できる可能性も高まるでしょう。
そうなれば今まで使えなかった技術を習得することになりますし、危険を回避し怪我をしにくくなるということは技術練習を長く続けられることにも繋がります。
ということは、体力を付けるという投資効果によって技術の向上という利益が生まれることになります。
これらは長期投資による利益が更に利益を呼ぶ複利効果と同じです。
先に比較対象としていた日本代表も数字のうえでは同じかも知れないけれど、実は長期投資で得た複利のうえに素晴らしいパフォーマンスが成り立っているので、購入して数字だけ揃えても中身が違うのだと説明します。
そのうえで元々持って生まれた資産に違いがあることも説明せざるを得ない場合も当然あります。
生まれ持った資産が違うということは長期投資をするスタート位置が違うということですから、元々の資産が大きいということはリスクが少なくリターンも大きいということが言えます。
この辺は残念ながら「世の中は平等ではない」という事実も伝えなければならないのかも知れません。
【焼き芋屋さん・カレー屋さん競技の例え話】
もちろん競技のなかにはウエイトトレーニングによって競技力が向上しやすい競技もあれば、あまり貢献できない競技もあります。
私も過去に例えば射撃部の選手や弓道部の選手、卓球部や馬術部、山岳部、アーチェリー、などなど、なかなか「ウエイトトレーニングをやって意味があるんでしょうか?」という問いに対して「ウッ・・・」っと一瞬怯んでしまいそうな競技の選手に対してもプログラムを組み指導をした経験があります。
逆にラグビーやアメリカンフットボール、陸上の投擲や相撲など、ウエイトトレーニングをやって「意味が無いはずがない」競技の選手からも「意味あるんですか?」と聞かれたことも何度もあります。
当然ウエイトトレーニングは競技練習にプラスして行うものなので、競技にとってプラスにならないと思うのなら無理をして入れる必要はない、言わばオプションです。
しかしそれでもウエイトトレーニングを取り入れたい、でもどう役立つのか?理解してから始めたい。というのであれば以下のような話を先にするようにしています。
例えばね、スポーツの中にはね、焼き芋屋さん競技とカレー屋さん競技があるんですよ。
ボディビルとかパワーリフティングとか、ウエイトリフティングとかはね、ウエイトトレーニングそのものが競技ですよね。
だからウエイトトレーニングをすることは焼き芋屋さんが自社の畑で、美味しいサツマイモを栽培するのと同じなんですよ。
サツマイモのレベルが上がれば上がるほど焼き芋も美味しくなるでしょう。
もしかしたら焼き方を多少ミスっても美味しい焼き芋が出来るかも知れないし、完璧な焼き方で焼けば最高の焼き芋に仕上がるでしょう。
たぶんラグビーとかアメフトとか相撲も、焼き芋屋さん寄りなんですよ。
でもね、あなたの場合はカレー屋さんなんです。
つまり人参やジャガイモをどれだけ良いものを作ったとしても調理方法が間違っていたり、ルーが不味かったりしたら、どんなに良いジャガイモと人参を作っても美味しいカレーにはならないでしょう。
もちろんジャガイモと人参と玉葱と牛肉が最高級品だったら、多少ルーが不味くても煮込みが足りなくても野菜の切り方が間違っていても、食べられないわけじゃない。
でも「これだけの素材を用意したのに・・・期待したほど美味しくはない」こうなるよね。
スポーツもね、料理と一緒で、焼き芋みたいに素材の力が大きくて調理方法がシンプルな料理もあれば、そうじゃ無い調理方法が複雑で素材も色んな種類が必要なものがある。
でもだからといってジャガイモは重要じゃない、人参は何でも良い。とはならないでしょ?
カレー屋さんがスパイスの配合を改善したり、調理方法を上達させる必要があるからといって食材の仕入れを適当にしたら結局美味しいカレーは出来ないよね。
それと同じだよ。
このような例え話をすると想像力の働く選手は納得してくれます。
特に学生スポーツの場合は毎年体制が変わるので、優勝しているチーム以外は前年度の取り組みに対して否定的な意見を持つ傾向があります。
政治でいう二大政党制のようなもので1つ上の学年が「筋トレ頑張ろう党」だった場合は、翌年は「筋トレ意味ないんじゃね党」が勃興してきます。
このように「筋トレ頑張ろう党」が短期政権で終わらないためにもカレー屋さんの例えで「お前ら去年野菜作っただけでまだ煮込んでないやんけ」「煮込んでからカレーに合う野菜かどうか評価したらええがな」と説明するのです。
【競技の特異性とウエイトトレーニングの特異性】
先月のコラムでもお話ししたかと思いますが
スポーツの指導者も意識するべき原理・原則 | SBD Apparel Japan コラム
トレーニングの原理原則の中には特異性の原理(SAIDの原理)というものが存在します。
「トレーニング効果は刺激を受けた体力要素に現れる。(目的に合ったトレーニングが必要である。)」
という原理ですが、これについて
「競技の特異性に合致した状況でトレーニングをしなければ意味がない」
と解釈し、ウエイトトレーニングのやり方についても負荷のかかり方や動作、速度などを競技で起こりうる動作に似せるように改良したりする場合もあるわけですが、これは例えば技術練習の一環として個人でも競技特性に合った動きやパワー発揮を学習するという目的で行うのであれば、反復練習として取り入れるのは良いと思いますが、ウエイトトレーニングと同じように体力を向上させる効果も得たいと考え、負荷を漸増していくと、いずれは動きも筋力の発揮速度も競技特異的なものではなくなっていきますので注意が必要です。
これも先月のコラムで説明したかと思いますが、体力を向上させたいのであれば漸進性過負荷を与えることが重要ですので、負荷をあげようとすれば競技特異的ではなくなっていくし、競技特異的に行える範囲では漸進性過負荷が継続できないというわけです。
おそらく現場では広く取り入れられている発想ではあると思うのですが、元々は野球やテニスなど雨天時に屋外での練習が出来なくなるようなスキルスポーツの選手が、なんとかジム内でも技術練習に近い形でトレーニングを行い、力発揮のイメージを近づけたいという考えから取り入れられたように私は想像しています。
また階級制のスポーツで既に筋肉量がリミットに達している選手が、これ以上体重を増加させないように競技で使用する部分だけを鍛えたいという思いからアレンジを加えていたのだと思います。
もちろんある一定レベルまでは効果があると思いますし技術練習を補強する目的の個人練習と考えれば悪いものではないと思います。
しかし先の例で述べたように野菜を育てることとカレーを作ることは別々に考えなければ畑でわざわざカレーを作っているようなもので、一見もの凄く良い事をしているように思いますが実はキッチンでやったほうが効率が良いですし、どんなに頑張ってもカレー味のついた野菜が収穫出来るわけではありません。
昔の話ですが、なかなかウエイトトレーニングについて理解されず「○○用の筋肉を作ってくれ!」と現場で要求されたものですが、それはカレー味のジャガイモを作れと言っているようなもんで「そんな筋肉が存在するなら技術指導いらんやん」とまだまだ若かった頃は心の中で思っていました。
もちろん農家もカレー用の野菜について勉強することは大切ですし、カレー屋さんも農業について勉強することで更に良いカレーを作ることは出来るでしょう。
ただカレーはキッチンで作った方が良いですし、野菜は畑で作るものです。
もしかしたら肥料にカレー粉を混ぜたらカレー味のジャガイモになるのかどうかは知りませんが、たぶんたいして美味しくはないでしょう。
【まとめ】
色々と例え話を重ねてしまったので分かりにくかったかも知れませんが、私のようなバックグラウンドがボディビルだったりパワーリフティングだったりする、見た目も分かりやすいS&Cコーチは、その見た目やバックグラウンド(キャラクター)で指導者として得をする事もあれば、逆に「めちゃくちゃ筋トレやらしそうやん」「筋トレしか知らなさそう」と敬遠されることも実はあります。
先の例で言うと、「焼き芋屋さん競技」は特に苦労なくトレーニングを導入する事が出来るものの「カレー屋さん競技」では苦戦することもしばしばです。
また最近の学生は目先のメリット・デメリット、その場の快か不快かで「これは好き・これは嫌い」と〇✕問題のように判断してしまう子も多いのです。
そういうなかで20年以上トレーニングを教えていると、色んな例え話が出来るようになるというお話でした。
ではお腹が空いてきたのでカレーを食べに行きます。
有り難うございました。
文:佐名木宗貴
ベスト記録(ノーギア)
スクワット 245kg
ベンチプレス 160kg
デッドリフト 260kg
戦績
パワーリフティング
・全日本教職員パワーリフティング選手権 90kg級 優勝
・2009~2012年 近畿パワーリフティング選手権 4連覇 75・82.5・83・90kg級4階級制覇
・ジャパンクラッシックパワーリフティング選手権大会 83kg級 準優勝
・アジアクラッシックパワーリフティング選手権大会 83kg級 優勝
・東海パワーリフティング選手権大会 93kg級 優勝
・世界クラシックパワーリフティング選手権大会マスターズ1-83kg級 5位
・ジャパンクラシックマスターズパワーリフティング選手権大会83kg級 優勝
・香港国際クラシックパワーリフティング選手権大会マスターズ1 83kg級 優勝
・世界クラシックパワーリフティング選手権大会マスターズ1 93kg級 6位
ボディビルディング
2000~2001年 関東学生ボディビル選手権 2連覇
2000年 全日本学生ボディビル選手権 3位
2011年 日本体重別ボディビル選手権70kg級 3位
2011年 関西体重別ボディビル選手権70kg級 優勝
指導歴
・ZIP スポーツクラブ チーフトレーナー
・正智深谷高校ラグビー部 S&Cコーチ
・埼玉工業大学ラグビー部 S&Cコーチ
・正智深谷高校女子バレーボール部 S&Cコーチ
・正智深谷高校男子バレーボール部 S&Cコーチ
・トヨタ自動車ラグビー部 S&Cコーチ
・関西大学体育会 S&Cコーディネーター
資格
・日本トレーニング指導者協会認定 特別上級トレーニング指導者
・NSCA認定 CSCS
・日本パワーリフティング協会公認2級審判員