競技力を向上させようと練習を積み重ねた結果、怪我をしてしまうことは時々あることだと思います。
原因はフォームや左右差、使いすぎなど様々です。
今回はFTGYM所属の選手がベンチプレスの練習中に受傷した上腕骨の骨折について紹介させていただきます。
練習の安全性について見直すきっかけになれば幸いです。
目次
1.上腕骨骨折時の状況と経過
2.原因はなんだったのか
3.ベンチプレスの練習で多い怪我、その予防
4.安全管理
5.怪我の功名・怪我をしてから気づくこと
6.最後に
1.上腕骨骨折時の状況と経過
骨折をした選手は31歳男性、身長168cm、体重は受傷時100kg。
学生時代は卓球で全国大会に進むほどのアスリートでした。
(以下A選手とします)
筋トレを継続して行なっていましたが、パワーリフティングに興味を持ち2023年1月にFTGYMに入会。
2023年5月の東海パワーリフティング選手権大会が県大会に続いて2回目の試合でした。
東海パワーを終え6月1日、肩の痛みを訴えてベンチプレスはフォーム練習を中心に実施していました。
肩の痛みは東海前からあったそうです。
ベンチプレスの練習ベストは150kg。
その日は120kgが重く感じ、100kgでフォーム練習をしていた時でした。
ゆっくり軌道を確認しながら下ろしている最中、ボトム付近で「パン!」という破裂音と共に挙上不可能となり、センター補助が瞬時にバーベルを受け止めました。
本人はバーベルが折れたかと思ったとの事。
時刻は21:00頃だったので、救急病院を受診。
そこでレントゲンを撮ってもらい、上腕骨骨折と判明しました。
骨折のレントゲン写真
この出来事が金曜日。
土日を挟み、週明け月曜日に病院にて再検査、火曜日入院し、水曜日手術、その後14日経って退院という流れとなりました。
ちなみに、プレートを入れる手術の際には腕が太すぎて切っても切っても三頭筋で骨が出てこないと言われ、予定時間より1時間延びたそうです。(手術時間5時間半)
上腕骨骨折は大きく分けて肩に近い位置が折れる「近位端骨折」、真ん中あたりが折れる「骨幹部骨折」、肘に近い部分が折れる「遠位端骨折」の3つに分類されます。
ドクターが言うには「腕相撲で起こった骨折に近い」とのこと。
腕相撲の際に発生する骨折は骨幹部に発生し、らせん骨折とも言われ、らせん状の骨折線が現れることがほとんどです。
レントゲンではらせん状の骨折線は見られません。
イレギュラーなパターンのようです。
2.原因は何だったのか
ドクターが言う通り、腕相撲で発生する骨折と同じ発生機序でだったと仮定します。
その場合は上腕骨に大きなねじりの力が加わることによって発生します。
骨折発生時、A選手はフォーム練習をしていました。
彼はもともとベンチプレスの際にバーベルを下(お腹側)に流すくせがありました。
肩が固定された状態(肩関節外転角度に変化がない状態)で過度に下に流そうとすると、肩関節が内旋する動作によってバーベルを移動させなければいけません。
その動きによって、上腕骨にねじりの負荷が加わり骨折したことになります。
ただし、これはあくまでも想像の上での発生機序であり、これが正しいとは限りません。
3.ベンチプレスで起こりうる怪我、その予防
今回の上腕骨骨折はベンチプレス競技の中でも特殊な怪我ではないでしょうか。
私が見てきた・経験した中で、ベンチプレスの練習中・競技中に発生する怪我の多くは肩関節(肩甲上腕関節)です。
他には手首(TFCC損傷や腱鞘炎)や肘に慢性的な痛みを抱える選手も少なくありません。
怪我の発生機序としては、今回のA選手のように普段とは違ったフォームにチャレンジしようとしているときや、Max付近の重量を実施しようとしている時が多いです。
重い重量で粘る時、無理にあげようとして肩がすくむような状態になり、関節や骨に負担がかかるフォームになった際に怪我をしやすいです。
私も一度それで肩を痛めました。
また、そもそものスタートポジションが悪いと、普段と同じ軌道をえがこうと思っても結果的に違うフォームになってしまいます。
『正しい』フォームは様々な意見がありますが、基本的には肩甲骨を寄せ、しっかりと胸を張るように意識することをお勧めします。
ここ最近のベンチプレスのルール改正でボトムで肘を落とすことが求められています。
肘を落とそうと思うと胸を張ってアーチを高く保つフォームがネックになります。
色々と試行錯誤していくうちに怪我をすることもあるでしょう。
今一度、自分自身の柔軟性や可動性を見つめ直し、フォームを作るためのコンディショニングを取り入れることも検討してみた方がよいかもしれません。
4.安全管理
先日、インドネシアのボディビルダーがスクワットで死亡するという事故が起きてしまいました。
上半身を前方に折り曲げるかたちで転倒したそうです。
後ろに補助はついていたようですが、セーフティーラックは無い状態だったとのことでした。
ベンチプレスは仰向けになった状態で行うので首にバーベルを落とす事故は度々発生しており、ニュースになっています。
もし、A選手が怪我をした際にセーフティーラックや補助が付いていなかったら二次災害が起こっていたことでしょう。
上腕骨が折れた際に重さを支えることができない訳ですから、そのまま潰れてしまいセーフティーラックでバーベルを止められず首に落とすのは容易に想像できます。
その結果、頸椎骨折や窒息によって命を落とす可能性も大いにありました。
ベンチプレスを安全に行うために確認すべき点
① セーフティーラックは首より高い位置に設定されているか
セーフティーラックが付いていてもきちんと設定された高さがあっていなければ意味がありません。
仰向けになった際に首に当たらず、動作中に干渉しない高さに設定しましょう。
そもそもセーフティーラックが付いていないラックはできる限り使用せず、そのラックしかない場合は補助者をつけて行いましょう。
② ラックの高さは外しやすく戻しやすい位置に設定されているか
バーベルのスタート位置も大切です。
ラックが高すぎるとラックアウトに苦労し、セッティングした際に作ったアーチが崩れてしまいます。
また、終了時ラックにかける際も高く設定していると戻しそびれてしまい、バーベルが落ちてしまいます。
特に終了時はやり切ったという思いで気が抜けやすいので注意しましょう。
③ セーフティーラックと本体との間に隙間がないか
高さの設定が正しい状態でも落とした際、隙間にバーベルが入り込んでしまうことがあります。
バーベルが入ってしまいそうな隙間があった場合、セーフティーラックの位置が動かせるようなら調整し、動かせないようならその危険があることも頭に入れた上で使用しましょう。
補助が付いているとさらに安心です。
④ 無理な重量設定ではないか
自分がトレーニング初心者であると自覚している方の場合は特に無理のない重量設定で行いましょう。
時にはある程度追い込むようなトレーニングを実施することもあると思いますが、安全が確保された状態でないと危険です。
自分の力で最後まで扱える負荷設定が大切です。
Maxにチャレンジしたい場合やパワーリフターのように高重量でセットを組む場合は、補助者がいる上で実施しましょう。
フィットネスクラブでもスタッフに一言掛ければほとんどの場合サポートしてくれます。
24時間ジムはスタッフ不在の時間帯もあるのでそういった場合には実施せず、スタッフの目がある時間帯で実施することをお勧めします。
ちなみにFTGYM所属で私の夫である福島勇輝ですが、ベンチプレス実施中に潰れた際に自力でラックに戻す「潰れ戻し」という技を持っています。
絶対にお勧めはしませんが、「潰れた際に軸をずらし、高重量が上がる大きくお尻を浮かせたフォームに移行してバーベルを上げる」と言う技術は非常に面白いので紹介しておきます→動画
いくつか確認事項をあげましたが、注意することを挙げて行けばキリがありません。
そしてどんなに慣れている人でも今回のA選手のように突然骨折!なんてことも可能性としては0ではないのです。
私もウェイトリフティングの際に失神して90kgのバーベルを足へ落としたことがあります。(ウェイトリフティングの環境に関しては一般的なウェイトトレーニングとはまた違ったものですのでここでは言及しません)
自分におごらず、楽しくトレーニングを続けていくためにも防げる怪我はしっかりと防いでいきましょう。
5.怪我の功名・怪我をしてから気づくこと
怪我をした後、怪我をした場所以外のトレーニングによってパフォーマンスが向上した例も見られます。
以前私がサポートしていた柔道選手は膝の前十字靭帯断裂で手術し、復帰までの間、懸垂を毎日行っていました。
いざ競技復帰となった時に相手と組み合う際の力が以前よりも増し、その結果大きなパフォーマンス向上につながりました。
また、パワーリフターで肩の怪我をした際にレッグプレスをやりこんだ選手はスクワットの記録が大幅にアップしました。
A選手も現在脚のトレーニングをやりこんでいます。
食事もしっかり食べ、受傷前は100kgだった体重は退院時95kg、現在は105kgまで増えたそうです。
彼が競技復帰する時が非常に楽しみです。
怪我は時に今まで自分がチャレンジしたことがないことへのきっかけになるかもしれません。
もちろん、怪我をせずパフォーマンスアップのために何が必要か気付くことが一番なのですが、怪我をしても自分が成長するチャンスだと思い前向きに捉えていきましょう。
手術痕を見せてくれたA選手
6.最後に
SNSで様々なトレーニングが気軽に見られるようになりました。
時には危険な動画も目にします。(私が紹介した夫の動画も含みます)
トップ選手のトレーニングを真似るにしても、自分のレベルや骨格、柔軟性に合っているのか、それができる環境なのかしっかり考えてから実施しましょう。
そして実施する際にはセーフティーラックや重量設定なども確認しましょう。
防げる怪我はしっかりと防いで、楽しくトレーニングを継続できるようパワーリフターとしてもトレーナーとしても今一度気を引き締めていきたいです。
参考 レイノルズ村上「33歳ボディービルダー、スクワット中の事故で首を骨折し急逝 210キロの高重量もセーフティーバー付けず」ねとらぼ 2023年7月26日
◆コラム執筆者
福島未里(ふくしまみさと)
静岡県富士市FTGYM所属
FTGYM(https://ft-gym.com/)
ベスト記録
パワーリフティング(ノーギア)
SQ130kg
BP110kg(一般女子57kg級日本記録)
DL165kg
TL405kg(一般女子57kg級日本記録)
シングルベンチ(ノーギア)
112.5kg
ウェイトリフティング
スナッチ70kg
クリーン&ジャーク95kg
2013年度
アジアベンチプレス選手権大会(フルギア) ジュニア57㎏級1位
2014年度
世界ベンチプレス選手権大会ジュニア57㎏級(フルギア)2位
2017年度
ジャパンクラシックベンチプレス選手権大会 一般女子57㎏級1位
2018年度
ジャパンクラシックベンチプレス選手権大会 一般女子57kg級1位
2019年度
世界ベンチプレス選手権大会 一般女子57kg級 5位
ジャパンクラシックパワーリフティング選手権大会 一般女子57kg級1位
ジャパンクラシックベンチプレス選手権大会 一般女子63kg級1位
2021年度
ジャパンクラシックベンチプレス選手権大会 一般女子57kg級2位
保有資格
日本スポーツ協会認定アスレティックトレーナー
NSCA公認CSCS
健康運動指導士
柔道整復師