読者の皆様こんにちは。
暖房を焚く日もあれば半袖で外に出られる日もあり、季節の移り変わりがなかなか読めない日々ではありますが、如何お過ごしでしょうか?
また台風などの被害に合われた方々もいらっしゃるかと思います。
心からお見舞い申し上げます。
私事ではありますが、10月末と11月初旬に2週続けて週末に台風が直撃した時に、2週とも大雨強風の中でラグビーとアメリカンフットボールの公式戦に帯同していました。
基本的には雷以外の理由では中止にならないので、せっかくの天然芝に申し訳ないようなメチャクチャなコンディションの中で試合を行いました。
悪条件下での試合ではフィジカルで優っている方が有利になるのがコンタクト系球技の特徴でもあります。
一番ミスが少ないのはボールを持ったまま身体を当てて前に進む事ですから当然と言えます。
S&Cの分野も日々進歩し様々な研究や新しいアイデアが入り乱れる中で我々コーチも時代遅れとならないように学び続けなければならないのですが、より厳しい状況下では結局基本的な筋力やタフさがモノをいうという事を再確認する事が出来ました。
長いシーズンを戦い抜く為には小手先の工夫だけではなくシンプルに鍛え、筋力とサイズを向上させるプログラムを続ける事が最も重要だと言えます。
【シーズン中のウエイトトレーニング強度】
シーズン中にS&Cとして悩ましい事の一つがウエイトトレーニングをいつまで高重量で行うのかという事です。
勿論理想はシーズンの最後まで最高重量に挑み、最大反復に挑み続ける事かも知れませんが、実際には選手の疲労や怪我の状況等、或いは対戦相手の強さや試合間隔なども考慮し調整する事になります。
勿論ウエイトトレーニングで効果を狙うのはサイズアップや筋力アップだけではありませんのでシーズン中はパワーやスピード、動作スキルの改善や競技動作に似た動きや姿勢を保持する能力の強化等にフォーカスしたトレーニングを行うのですが、それでもコンタクトスポーツの場合は筋量と筋力が落ちないように気にしながらプログラムを進めていきます。
試合が何週間か休みなく続いた後に1週間試合の無い週がある場合は、一旦高重量に挑んだり或いはトレーニングボリュームを増やし、筋量を戻す為のトレーニングを行いたいところですが実際には主力選手に怪我人が出ていたり、怪我とまではいかなくても一旦疲労を抜かないと怪我に繋がるような状況に多くの選手が追い込まれている場合が多く、なかなかウエイトトレーニングで追い込むプログラムを与える事が難しい場合が多いのが実際のところです。
勿論プレシーズンにしっかりとした身体作りが出来ていて、コンタクトで勝る事が出来る状況を作り上げてきているチームは、連戦での消耗も抑える事が出来るので、このような状況も防げる可能性はあります。
更には何年もかけたチーム全体の身体作り、身体を鍛えるという事に対するチームの意識作りも当然関係します。
トレーニングの効果には様々なものがありますが、身体が大きくなったり力が強くなったりする事は、すぐに結果が出るものではなく少しずつ長い時間をかけて積み上げる必要があります。
目先のパフォーマンスだけではなく長いシーズン中に起こりうる様々な状況を考えたうえでの準備を行ってきたチームが最終的には優位に立ち、また強くなるための文化を築くのです。
そういうチームには良い人材も集まるのでしょう。
【リスクか効果か】
シーズン中にトレーニングを選択するうえで常に天秤にかけるのが、このトレーニングを行う事による効果とリスクです。
効果は色々ありますが、リスクとはトレーニングを行った事によってコンディションが崩れたり怪我をしてしまうリスクや、他の練習への影響なども含めた全てのリスクです。
例えばシーズン中でも下背部やハムストリングスなど脊柱起立筋群を強化したい場合はプログラムの中にデッドリフトを導入するかどうかを考えます。
しかしデッドリフトを行えば逆に腰痛になり通常の練習に影響を及ぼすか、下手をすると試合に出場出来なくなるかも知れません。
パワーリフティングの上級者ならばわかると思いますが、試合前10日を切った頃に行う最後のスクワットやデッドリフトはピーキングを完成させるうえで大切なトレーニングであり、試合の為の大切な予行演習ですが、同時に「ここで怪我をして今までの努力が無駄になってしまうのではないか?」とリスクが頭を過ぎり、少しでもコンディションが崩れる恐れがあるならばこの大切な1~2セットをスキップして不完全な準備のまま試合に臨むという選択をとる場合もあるでしょう。
ピーキングを完成させる事が出来なければその試合に向けた調整は90%~95%で終わるでしょう。
10%~5%の不安を抱えて試合に臨む事になります。
しかし最終調整で怪我をしてしまっては試合で発揮出来るパフォーマンスはそれ以下になってしまいます。
欠場となれば0%です。
それと同じような事をコンタクトスポーツでは毎週毎週トレーニングの中で考えながら少しでも改善されるように、或いは最低限弱くならないように調整を続けるのです。
これは他の身体接触が少ない競技と大きく違うところです。
何故ならばトレーニングを行わずに身体が小さくなってしまったり筋力が弱くなってしまう事が直接パフォーマンスや怪我の予防に対する影響が強いからです。
デカくて強い事自体が大きなアドバンテージだからです。
トレーニングを追い込まなければ無事に試合に出る事が出来る可能性は高まりますが、逆に試合ではパフォーマンスが低下し怪我のリスクが高まります。
これは「やらないリスク」と言えるかも知れません。
【高重量スクワットやデッドリフトに対する誤解】
リスクを回避するためには怪我をしないようにしっかりとフォームを教え込めば良い。
それはまさしく正論です、そして間違いではありません。
ただしフォームを完璧にしようとするあまり「少しでもフォームが崩れたら止めさせなければならない」などと言っていては実際には強くする事など出来ません。
ここがよく誤解されているところですが、どんなにスクワットやデッドリフトのフォームが綺麗な人でも限界まで追い込めば多少の腰痛にはなります。
スクワットやデッドリフトのプロであるパワーリフターも腰痛になります。
他の競技スポーツの選手よりフォームが下手なわけはありません。
他の競技スポーツの選手をトップパワーリフターよりも完璧なフォームが出来るようになるまで指導してからじゃないと高重量を使用したりMAXに挑戦したり限界まで追い込んではいけないのだとしたら、その選手が現役中に出来るのは軽い重量でスピードをコントロールしたトレーニングだけになってしまいます。
私も低いレベルではありますが一時はスクワットの日本記録を持っていましたが腰痛とまではいきませんがいつも腰は張っていました。
デッドリフトも他競技の日本代表ぐらいには負けないと思いますがやっぱり腰は痛いです。
でもそのぶん効果があるからやるし、それを知っているから選手にもやらせます。
ここでも多少の腰痛になるリスクとトレーニングの効果を天秤にかけるわけです。
誤解を恐れず本当の事を言うならば、少しもフォームを崩さず完璧にトレーニングしようとしていて本当に限界まで追い込めると思いますか?
すべての動作を意識して行える範囲など本当に限界だと思いますか?
またその人にとってベストなフォームはどんなフォームで、怪我をしないギリギリの範囲はどこまでの崩れ方なのか?
どこまでが効果を引き出す範疇でどこからが怪我のリスクのほうが大きくなるのか?
これらはその選手の普段のフィールドでの動きと、ウエイトルームでのトレーニングを長く指導しながら観察してきた専門家にしか見極められない事です。
またその選手の既往歴やトレーニングのバックグラウンドなど選手の身体に纏わるストーリーを把握している者にしか不可能な事でしょう。
間違っても出会ってすぐの人やスクワットやデッドリフトを本気でやった事の無い人には分からない事です。
そもそも正しいフォームというのは一律に教科書に載っているフォームではありません。
これもパワーリフティングに例えるなら、どの試合会場に行っても全員同じフォームなどありえませんし教科書的に奇麗なフォームが必ずしも強いフォームとは限りません。
日本記録や世界記録をあげている動画を見ても一人一人違うフォームです。
身長・体重・手足の長さ、全部が全く同じな双子でもいればコピーのような動作を教えれば良いですが実際には違います。
フォームは形にはめるものではなくオーダーメイドで作り上げるものです。
それは勿論体型にあったもので尚且つその選手がフィールドで再現したいパフォーマンスに直接的ないしは間接的に通ずるフォームです。
リスクよりも効果が勝るフォーム。
それを選手と共に作り上げるのが我々コーチの仕事です。
怪我をするリスクばかりを気にしていては実際には効果を得る事は出来ません。
しかし指導力や管理能力が無いとそこを自信をもって攻める事が出来ないので消極的なプログラムになってしまうのです。
【フレッシュ?】
もう一つ付け加えるならばコンタクトスポーツや格闘技の場合は選手をよりタフに育てる必要があります。
疲れたりどこかが痛くてもやれる範囲で全力を尽くすという姿勢を身につけなければやってられません。
そもそもコンタクトスポーツや格闘技を行う選手が多少の筋肉痛や筋の疲労を完璧に取り除いた状況でしかトレーニング出来ないとなるとその方が不自然です。
勿論医療従事者の方であれば選手を完璧な状態に治したいと願うのは当然で、まったく痛くない状態にしてあげたいと思うのは当然なのですが、それが行き過ぎてしまうと、そのスポーツの本質からかけ離れた状態で選手を保護してしまい心身共にソフトな選手を作ってしまいます。
またトレーニングに対する知識も経験も浅い人ほどスクワットやデッドリフトのフォームを教科書の範囲でしか知らないのに、危険だ危険だと騒ぎます。
しかし「やらないリスク」「追い込まないリスク」まで考えている人は皆無です。
勿論他のコーチとのバランスで考えるべきですが、本当に選手の事を想うのであれば護り過ぎは良くありません。
完全にフレッシュなど有り得ない。それも競技特性の一つだと思います。
【まとめ】
例えばラグビーの試合が中5日で続く場合、次の試合の為に主力選手に怪我人を出さないように、また疲労が残らないように練習時間とコンタクトの強度を落としたプログラムを考えるかも知れません。
しかし前の試合の課題がタックルミスが多い事だとしたら、恐らくコーチはフルコンタクトでのタックル練習を行うでしょう。
リスクを軽減するためにはパッドをつけさせたり本数を制限したりするかも知れません。しかし一番効果があるのは試合と同じ状況で、出来るまで繰り返す事でしょう。
リスクと効果を天秤にかけるのはウエイトトレーニングだけではありません。
特にシーズン中などは試合に出られないような状態になってしまっては元も子もありませんので、なるべくリスクを減らしたプログラムを心がけるのが当然です。
しかしハイリスクハイリターンという言葉があるようにリスクの高いトレーニングの中には効果が高いものも多く、それは身体を鍛えるという意味でも精神的な面でも言えると思います。
最初からリスクが高いから排除するというのではコーチとしての指導力や選手を管理する能力が低いと言わざるを得ません。
リスクを出来るだけ回避し効果を得る努力をするのがコーチの仕事です。
特に身体をぶつけて戦う競技においては、危ない危ないと言って避け続けて負けさせるのなら仕事になりません。
コンタクト競技におけるウエイトトレーニングに話を戻すとシーズン中にリスクを負う必要が無い場合があります。
それは対戦相手よりも既に大きくて強い場合です。つまりシーズン前の準備段階で勝っていればリスクは最小限に減らせるのです。
デカくて強いチームは怪我も少なく勝ち上がり、小さくて弱いチームは常にフィジカル的に消耗を強いられ疲弊して擦り減っていくのです。
勿論昔と違って身体をデカく強くする努力は今はどこのチームでもやっています。
なのでなかなかそこで差が出るのは難しいでしょう。
逆に言えばシーズン前に身体作りで失敗をしてしまったら、シーズン中は常にリスクの高いトレーニングを行わなければなりません。
そういう意味で試合は何ヶ月も、いやいや何年も、ずっとずっと前から始まっているのです。
このコラムが掲載される12月には多くのスポーツがオフに入ったり、新チームへと代替わりをして冬季練習期間となっていると思います。
試合まだまだ先だと思うかも知れませんが9ヶ月後の公式戦への準備はもう始まっています。
悔いのない試合をするために悔いのない準備をしましょう。
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■コラム執筆者
佐名木宗貴
ベスト記録(ノーギア)
スクワット 241kg
ベンチプレス 160kg
デッドリフト 260kg
戦跡
パワーリフティング
・全日本教職員パワーリフティング選手権 90kg級 優勝
・2009~2012年 近畿パワーリフティング選手権 4連覇 75・82.5・83・90kg級4階級制覇
・ジャパンクラッシックパワーリフティング選手権大会 83kg級 準優勝
・アジアクラッシックパワーリフティング選手権大会 83kg級 優勝
・東海パワーリフティング選手権大会 93kg級 優勝
ボディビルディング
2000~2001年 関東学生ボディビル選手権 2連覇
2000年 全日本学生ボディビル選手権 3位
2011年 日本体重別ボディビル選手権70kg級 3位
2011年 関西体重別ボディビル選手権70kg級 優勝